メールものがたり

[su_icon icon="icon: exclamation" background="#9c1423" color="#FFEA65" size="20" shape_size="6" margin="5px 10px 0px 0px" target="self"][/su_icon]書いたのが随分前なのでスマートフォンはまだ普及していない時代です。

[su_divider top="no" style="double" size="4" margin="30"]

日常でよく目にする現代に欠かせない物となんでしょう?
携帯電話と大半の人が答えるだろう。
いつでも電話とメール送受信が出来てしかもコンパクト。

この出会いは近代的であり人生を狂わせた最初の出来事である。

PM 09:04

この部屋の主である藤代 お名前(女)は机に置いてある携帯電話に目線を向ける。
今日は偶然にも日直と部活が重なり、こんな時間になった。

学校に携帯電話は原則禁止なので学校に持っていかないし、家に連絡できないこともしょっちゅうだ。
脱ぎ散らかした制服をハンガーにかけ、遅い夕飯を食べるためにドアに手をかける。

PPPPP……

タイミングよく携帯電話が鳴り始めた。
画面に目をやるとメール受信の画面。
即座にボタンを押して相手を確かめる。

[su_box title="No.001 Sub : 無題" style="soft"]初めまして。俺の名前はえいしっていうんだ。良ければメルトモにならない?嫌だったらいいけど[/su_box]

お名前(女)は階段を下りようとする1番上の階段で返信を打ち始める。
「俺……?男か」
男に過剰敏感なのは兄がまだ妹離れしてないのが大きな要因となっている。
メル友、ましてや男と思われる人間ができたと言ったらメールとはいえ文句を送りつけそうだ。
肝心の兄は寮制の中学校に通っているので普段は自宅にはいない。
そんな兄がうっとおしいわけではない、見境がないのが嫌いだ。

[su_box title="Re:無題" style="soft"]こちらこそ初めまして。私はお名前(女)っていうの。よろしくね★こんな私で良かったらメルトモになってよ。[/su_box]

送信ボタンを押すとテーブルに置いてある残りご飯に口を付け始める。
途中で着信音が鳴ったが気にすることなく食べ続け、食器を洗い終わってからメールのことを思い出して携帯電話を手に取った。

[su_box title="No.002 Re:Re:無題" style="soft"]こちらこそよろしく。お名前(女)は今、学生?俺は中2だよ。[/su_box]

[su_box title="Re:Re:Re:無題" style="soft"]えいし君は中2なんだ。私は中1だから、えいし君は1つ年上だね。[/su_box]

打ち終わると送信ボタンを押す。
天井をぼんやり眺めていると意識は遠退いていく。
(夕飯の前にお風呂も入ったし、目覚ましもちゃんとかけてあるはず)
それから暫くしてから携帯電話がメールの受信を告げた。

PPPP……

眠気から覚醒に導いたのは携帯電話のメール受信だった。
ぼんやり画面を眺めていると、鳴った記憶がない目覚まし時計は朝7:47を指していた。
何事もなく登校すれば25分ほど。
学校開始が8時半――。

「あ!!」
寝坊していたことに気づいたお名前(女)は急いで支度を始める。
着替えと寝癖を整えただけで8時まで1分もない。
鞄の中に昨日使った道具を投げ込んで足が縺れるほど急いで階段を降りて玄関から飛び出す。

今日は朝食を食べれなかったが、無意識に鞄の中に入れていた携帯電話を取り出して返信を送っておく。

[su_box title="Re:Re:Re:Re:無題" style="soft"]ごめんねえいし君。あの後寝ちゃって。本当にごめん![/su_box]

送信ボタンを押して鞄の内ポケットの中に入れる。
(せっかく皆勤賞もらえそうなのに!!)
こんなに走ればせっかくセットした髪型も崩れるだろう。
必死に走ったおかげか校門はまだ開いていた。

AM 08:28

遅刻を間逃れ急いで教室の前まで行くといつもとは違って廊下に整列していた。
友だちの友人のお名前が近寄ってきたら背中を叩いてきた。
「ねぇねぇ、髪の毛ボサボサだよ」
「そんなに?」
気休めに手で髪の毛を押さえるが酷い有様なのだろう。
「それよりなんで並んでるの?」
「あー。今日は急に朝礼らしいよ」
「そうなんだ」
一旦教室に入り机に鞄を置くと列に戻る。
全校生徒が体育館にそろうと長い校長講話が始まり、再び眠気が襲ってきた。

AM 09:13

校長講話が終わり教室に戻ってきて、妙な話を聞いた。
その話題を切り出したのは友人のお名前の方からだった。
「ねね~今日の朝礼中に抜き打ちの持ち物検査やったらしいよ?」
「えーうそでしょ?」
軽く返事をしながら不安になって鞄の内ポケットに手を差し込む。
そこには今朝まであった携帯電話の姿が無い。
「どうしたの?」
「いや、携帯電話ないから……」
「えー??」
「どうしよ」
「今日中に先生が言うと思うよ?返さなかったらそれこそ問題になるし」

その言葉通り、担任の先生が不要品を持ってきた。
「最後のこれは――」
手に取ったのは紛れもない自分の携帯電話だった。
寒気がして顔が真っ青になっていくのが分かった。
「ああ、藤代か。没収させてもらうから後で個々に担任の方に来るように!」
(冗談じゃないわよ……偶然、持ってきた日に持ち物検査なんて)
教師が教室を出ていくとクラスはどっと賑やかになる。
「マジで取られたの?」
「うん、そうみたい」
「抜き打ちなんて卑怯だよね!」
そう言葉だけが唯一の救いだった。

兄に怒られるどころでは無くなってしまった。
考えすぎかもしれないが部活や進路に影響なんてしたら――昼休みに職員室に行くと向こうもこちらに気づいたようだ。
「藤代か。今まで大きな問題なかっただろ?」
「はい」
「まぁ、今回は大目に見るが……今度からは気をつけてくれよ?」
「すいませんでした」
身を任せるように言葉を返していた。
「ほら」
携帯電話を手渡されただけで終わった。

教室に戻る途中、先輩とすれ違う時に会釈をする。
「目、充血してるけど何か嫌なことでもあった?」
すれ違いざまに突然声を掛けてきてびっくりした。
気にもせず通り過ぎたが雑司が谷南中の王子様的存在の郭英士だったからだ。
美形でかつ成績も優秀でこの学校で知らない者はいないだろう。
学年も違うしお名前(女)とは接点はなく、今まで一度も話したことすらなかった。

「いえ、別に。特にありません」
「そう?」
授業開始のチャイムが聞こえお名前(女)は英士に軽く頭を下げて通り過ぎた。
教室に戻って引き出しから教科書を取り出そうとすると、ねじ込まれたように入っているルーズリーフが目に入った。

実習棟に1人で佇んでいると
「本当に来てるよ!」
と、明るく笑う先輩の声が聞こえた。
ぐしゃぐしゃのルーズリーフに呼び出しの一言が書かれていただけで、差出人もわからないから行かない方がいいとは思った。
これからの生活に影響が出るなら一度で済めばいいと思った。

急に突き飛ばされて床に尻餅をつく。
「前々から思ってたけど生意気なんだよね!」
「そうそう!職員室で見かけたけどケータイなんて持ってきてさ!」
本当に偶然だと弁解しても聞いてもらえないだろう――その態度はあからさまに出ていたようだ。
「睨むの止めてくれない?」
左頬に衝撃が走ってから打たれたんだと気づく。
「廊下で郭くんと会ってるのも見ちゃった!」
再び左頬がひりひりして、痛みのせいで涙目になったことに気づいて目をぎゅっと瞑る。

「何してるんです?」
じっと見ていたのは、こんなことになった原因の1つを作った郭英士本人だった。
「もしかしていじめってやつですか?」
ストレートに事実を言われたことで、おどおどして1人2人とその場を小走りに去っていく。
誰もいなくなるとお名前(女)は制服の袖で涙目になった目を拭う。
事が終わると左頬は口を動かすのが嫌になるほどに痛かった。

「大丈夫だった?」
「何とか……。でも、どうしてここに?」
実習棟は授業では使われるものの、放課後になれば教師生徒を含め誰もいない。
用事がある人間といえば居残りか本当に限られた用事がある人間だけだ。
「後で話すよ。とりあえず帰ろう」
起き上がる為とはいえ握った英士の手は想像より大きかった。

学校近くの公園で濡れたハンカチを渡される。
腫れた頬にあてると激痛が体に走った。
片方の頬だけ腫れているなんで不恰好にもほどがある。
明日には腫れが引いてるといいとは思いつつ、目の前にいる英士を睨みつけた。

「あの~」
「帰ってくるのを待ち伏せしてたんだ。君のこと好きだっていえば通じる?」
「はぁ?」
右頬も打たれたように真っ赤になっているのだろう。
学校一と言われるだけあって不覚にもときめいてしまった!

「郭先輩のこと、何も知らないんですけど……」
「そう?メルアドとか知ってるじゃない」
画面が表示されたままの携帯電話を見ればアドレスが表示されており、タチの悪いことにそれは何度か目にしているものだった。
携帯電話から、昨日届いたメールを確認する。
自分の指がこんなに早く動くなんて初めて知った。
「えっ!?なんで?郭先輩だったの!?」
「そうだよ。名前名乗った時点で気づくと思うけど」
「今日もなくて、下の名前すら知らなかった」

意地悪そうに微笑む姿は悪魔そのものだ。
「実は友人の名字さんから連絡先を聞き出してたんだ」
(本人に断り入れろよ!!)
明日学校に会ったら友人のお名前を問い詰めなければならない。

「じゃあお名前(女)は俺のこと、好きじゃない?」
「それは嫌いじゃないですけど好きかどうかは……かっこいいとは思いましたけど」
「そっか。じゃあ、両想いってことで――いい?」
「……」
人生で初めてドン引きした。

薄暗い帰り道を2人で歩く。
「ねぇ。お互い恋人なんだから英士って呼んで?」
「ええ?!もう恋人??!」
「嫌いじゃないって返事はもらってるからいいと思ったんだけど」

絶対におかしな声を出していた。
先ほど勝手に両思いにされてから話が次へ次へと進められて正直怖い。
(どうすればこんな思考回路になるのよ……ちょっとやばいでしょ)

「うん。駄目?」
お名前(女)は頬にハンカチを押えたまま歩幅を緩める。
横目で英士を見ればアイドルとして売り出しても儲けられるほどの美男子だ。
「あの、郭先輩……」
「はぁ」
(なんでため息?)と思った途端、ソフトキスをされる。
「え?!ちょっ!?」
「名前で呼ばないことに、キス1回のペナルティー」
「郭先輩、そんな勝手な――!!」
唇が重なり、舌が進入してくるのがわかる。
絡んで歯をなぞられると鳥肌が立った。
(なんでこんなことに)
「どうだった?初めてのディープキス」
何事もなかったのようにさらりと言われると、自分だけが意識しすぎだったのかと凹む。
「うるさい!えっと、英士さん……」
「ありがとう」
手を繋ぎ、指を絡めれば恋人繋ぎだ。
そんな恋人同士の馴れ合いを見ていたのは野良猫ぐらいだろう。

事件の翌日、英士は教室に遊びに来たり校門で待ち伏せしてたり。
お名前(女)にとっては先輩よりタチの悪い嫌がらせの行動が続いている。
学校中に英士と付き合ってるという噂が広まり、カミソリメールといった本格的な嫌がらせまで始まった。
あれだけ静かな郭英士がこんだけ1人の女にこだわっている――変な噂が流れるのはある意味当然なのかもしれない。

今日も全ての授業が終わり、鞄に教科書を入れてゆく。
「何でこんなことになったの~?!あ~何もしてないし」
「お名前(女)も大変だねぇー」
「本当!どうして、あの人に教えんのよ?友人のお名前さん?」
友人のお名前は何食わぬ顔で会話を続けるところを見ると肝が据わっていると思う。
「けど、今日は郭先輩いないんだ?」
「そうなの!サッカーだって!」
「サッカーかぁ……郭先輩、かっこいいんだろうなー!」
嬉しそうに言っても友人のお名前の気持ちは伝わらなかったらしい。

家に帰ると特徴的な靴を発見し、おそるおそるリビングを覗く。
「あ、お兄ちゃん?」
「あっ!お名前(女)、お帰り~!!」
抱きついてくる行為はタックルに近いが、なんとか体を受け止める。
「何やってんの。また脱走?」
「あー。ちょっとゲームのソフト取りに来たんだよ」
随分前に発売して家に置いてあったゲームソフトを笑顔で指差す。
「ふーん」
「お名前(女)も中学に入って暫く経つけど、彼氏とか出来てないよな?」
「い?!いるわけないじゃない!」
声が上擦ったが兄は気に留めなかったらしい。
「なら良いんだけど。って時間やば!キャプに怒られる!」
時計を見て一目散に玄関へ走っていくが、ゲームソフトを持っていないこと気付いて
「あ、お兄ちゃん!!」
追いかけていくが50m走が6秒台だけあって外に姿はもう無かった。

「もしもし、藤代ですが」
『あ、お名前(女)?』
ソフトを忘れたことを寮に帰ってから思い出したのだろう。
相手が言わずとも兄のことだ今までの経験から予想がつく。
『あのさ、明日練習場までソフト持って来て欲しいんだけど……』
「場所は?」
『飛葉中だよ。わかる?』
「大まかな位置なら……気が向いたらね」
「頼むよ~頼む!」
気が向いたらと言いつつも今まで兄のお願いを断ったことはない。
素直に「良いよ!」なんて答えてしまったら自分が負けたようで悔しい。
電話口で「お願い!」「頼むー!」悲惨な声が聞こえてくる。
うるさくなったのでお名前(女)は受話器を乱暴に下ろした。

翌日お名前(女)は兄のゲームソフトを持って飛葉中へ向かう。
兄が選抜に選ばれ、大の苦手な英士と同じサッカーという種目をやっているのは知っている。
その選抜は土日は大抵集まって夕方近くまで練習していると聞いたことがあった。
電車を乗り継ぎ、最寄の駅から歩いてさほど遠くない場所に飛葉中はあるが実際に足を運ぶのは初めてだ。
市立飛葉中学校まで300mいう文字を頼りに散歩気分で歩き出した。

校門を抜けクラウンドに出ると生徒の声が聞こえた。
給水をしている姿を見ると丁度休憩に入ったばかりのようだ。
あまり姿を見られるのも嫌なので、兄のいる所まで全力で走って話し掛ける。

「お兄ちゃん!」
「お名前(女)~~!お兄ちゃんは届けてくれるって思ってたよ!!」
嬉しそうに抱きつこうとする姿に今日ばかりは恥ずかしくて距離を置く。
状況を飲み込めない周囲はただ見守っている。
天下のエースストライカーに嫌な顔をする人間は数えるほどだろう。
「はい、ゲーム」
何も言わず右手を出し続けると兄もようやく気づいたらしい。
「何、この手……」
「運ばせたんだから電車賃!」
「今日は勘弁!」
ゲームはしっかり抱えた状態で言われても説得力はない。

途中で茶髪の子が会話に入ってくる。
「もしかしてゲーム?」
「あって!若菜~助けてくれ!」
結人に何度も頭を下げる姿は周囲も妹も見ていて悲しくなってくる。
その結人という男の子の後ろから出てきたのは思わぬ人物だった。

「お名前(女)?」
「えっ?えっっ!!??!なんでここにいるの?」
「お名前(女)こそ何しにきたわけ?」
「お名前(女)、郭と知り合いなの?」
そのまま放っておいてくれればいいのに兄はこういうところは鋭い。
「え?うん……郭先輩とは同じ学校なんだよ」
「郭先輩?ちゃんと名前で呼んでって言ったよね?」
「はい!英士さん!はいっ英士さん!!」
「俺たち、付き合って――!!」
急いで英士の口を押えても、既に遅し。
「昨日お兄ちゃんには付き合ってるやついないって言ったじゃんか!お兄ちゃんは絶対に許さないぞっ!」
お名前(女)は誠二と英士の顔を交互に見る。
「お兄ちゃん、今時シスコンなんてさ……」
「しかも、相手がよりによって郭だなんて」
その発言に結人と一馬が、文句を言う。
「よりによってどういう事だよ!」
「おいー!」
もう練習どころではない。

「藤代!」
英士が急に誠二を呼ぶ。
「郭……」
「藤代。オレ今お名前(女)さんと」
――と、そこまで言うとキスをする。
周囲は目を丸くする。
英士の舌が入ってきてお名前(女)の舌を触り歯を触る。
そして唇を離すとさっきまで触ってた舌が離れたのが周りから見てもわかる。
「こういう(少し危険な)お付き合いをしています。藤代(お兄さん)」
そう言われると、誠二は地面へ倒れこむ。
数日して誠二が英士に挑戦状を叩きつけたのは別の話。