彼女は無口だ。

彼女と出会ったのは梅雨明けの校門だった。
チャイムはとっくに鳴っていたのに走りもせず登校してきた。
呼び止めてちょっとトンファー振り回したら小動物のように震え上がった。

「何するんですか!?うぎぃぃ@&★%*!!」
そんな奇声を発しながらようやく走って校舎に入っていったのを覚えている。
後で調べてみたらあの赤ん坊が呼んだ沢田綱吉の従姉だった。

教室も一緒のようでその日からよく沢田達と群れてるのは見かけた。
僕が目に付いた時、無表情でぼぅっとこちらを見つめてくる以外は他の生徒と何ら変わりない。
観察していると、目に付いたとき、沢田といても女生徒といても一切口を開かないことに気づいた。
怖くて口が聞けないわけでもなく興味のない対象のように……。

暫くしてから気がついた。
初対面の以来彼女の声を聞いたことがないことに。

下校のチャイムと同時に放送で呼び出してみたがお名前(女)は無反応で雲雀は心底腹が立った。
初対面の時のように乱暴を――そう、拳で頬を殴ってみた。
悲鳴でも上げるかと思ったがほおけた表情をして尚更苛立った。
――それが数時間前の話である。

雲雀とお名前(女)はソファーに向かい合って座っていた。
放課後の応接室、部活以外の生徒は殆ど帰宅したようで静かだ。

2人は会話をするわけでもなく、ただそこにいた。
お名前(女)は少し不機嫌そうに俯くこともあるが言葉は発さない。
雲雀は退屈そうに欠伸をしてソファーに深く座り直す。

お名前(女)の外見は少し癖のある茶色の長い髪に小動物のような丸い目。
世間では美人だろうが人の基準など雲雀には関係ない。

「ねぇ、いつ喋ってくれるの?」
「……」

時刻は午後5時半。
職員の完全下校の放送が入るとお名前(女)は一礼して早足で出て行こうとする。
ドアノブに手を掛けた時、雲雀は
「明日の放課後待ってるから、おいで」
と、出来る限り自分でも気持ちが悪いほど優しく言った。
パタンと閉まる音が応接室に響いた。

それ日から放課後は毎日お名前(女)と雲雀は顔を合わせた。
最初は甘い声で明日もおいでと誘うのが気持ち悪かった雲雀も大分慣れた。

そんな行動を繰り返してお名前(女)の人間性も大分見えてきた。
約束は守る人間のようで放課後遅れることはない。
あの日遅刻してきたのは学校の場所がわからず迷っていた(草壁に調べさせた)という事実。
それ以外は無遅刻無欠席の真面目生徒だ。
放課後の完全下校に必ず帰るのは、居候している沢田宅の母親と約束したから(これも草壁に調べさせた)のようだ。

相変わらず変わらぬ日々だ。
あと数日もすれば夏休みに入るころ、雲雀は休み前の委員会の仕事に追われていた。

今日もお名前(女)が来る、そう思って応接室で書類を片付けていたが放課後数時間経ってもお名前(女)は現れなかった。
お名前(女)が遅れることなんてないと思っていた雲雀は逆にチャンスだと思った。
罰として校歌でも歌わせて声が聞けば得だ。

(まだかなぁ……)
ぼんやりとそんなことを思っているとノックがして返事を待たずにドアが開く。
スカートが見えてお名前(女)だとわかり、顔に視線を移すと――ほおけてしまった。

砂埃を被った制服や頬、抱きかかえている鞄と教科書の表面は泥を被っていて中身がどうなっているか解らなかった。

「遅れてすいませんでした」
少し疲れたような、力なさげな言葉。
呟きよりは大きく挨拶のように覇気はなく、でも雲雀は聞いていた。

「早く帰って風呂入りなよ」
お名前(女)は一礼してすぐに飛び出していく。
こんな形でお名前(女)の声など聞きたくなかった!
こんなはずじゃなかった!
思い通りにいかなかった苛立ちと今にも泣きそうなお名前(女)の顔を思い出して出入り口から目を背けた。

翌日の放課後は何事もなかったようで、普段通りにお名前(女)は応接室に姿を見せた。
一礼してソファーに座るのを見届け、雲雀は紅茶を出す。
何ヶ月もこの部屋に来ても会話どころか飲み物すら出したことはなかった。
息を呑むような表情をして、雲雀は(反応が解りやすい……)と思う。

お名前(女)はティーカップに砂糖とミルクを入れて口に運ぶ。
「美味しいです……すごく美味しいです」
少し恥かみながら言う姿に見入って、雲雀の掴んでいた角砂糖が勢いよく紅茶の中に落ちた。