いつもの東方司令部。
いつものメンバー、いつもと同じ仕事をしていた時お名前(女)が一言、漏らす。
「マスタング大佐とエドってどっちが強いのかな?」
「へ?」
「ハボック少尉!私、マスタング大佐の東部の内乱の活躍を聞いたんですよ。ならどっちが強いのかな~?って考えたんです。実際に、マスタング大佐とエドってどっちが強いんでしょう?」
「そりゃあ、大佐でしょう」
書類に書き込みながら、フェリー曹長が言う。
「いや、大将もあなどれんぞ。体術はかなりもので錬金術もバリエーションに富むと聞いている」
「接近戦に持ち込んだらエドが有利か?」
様々な意見が飛び交うが、どっちが強いかという事実はわからなかった。
数日後、司令部にとんでもない話が舞い込んできていた。
――鋼の錬金術師vs焔の錬金術師が対決、と。
知らぬ間にエドワードは査定でセントラルにて捕獲され、ヒューズ中佐が練兵場を丸ごと貸切にしたのだ。
大総統の許可がなければ実現しなかっただろうがまさか許したというのだ!
対決が迫っていても書類は溜まるばかりで、また今日もいつものメンバーで書類を片付けていた。
普段と違うところは、既に興奮して対決結果を話し合われていること。
「まさか、本当に実現するとは……」
ハボック少尉がタバコをくわえたまま返す。
「まーな……。大将は売られた喧嘩は買うがモットーなもんだからな」
「そうですけど。大総統は何をお考えなのか」
お名前(女)は頭を考え込むようにしてため息をついた。
(あの人は時折何を考えているのかわからないことがあるから……もうー!)
「そーいやさ。名字少尉はどっちが勝つと思う?」
「え~……さぁね?――は?!」
頭を丸め込んだままの体勢でハボック少尉を見る。
(まさか、賭け、だよね!?)
軍人がこんな大イベントを放っておくはずがない。
大きな仕事がなければ派手に動くこともなく、書類と睨み合いが続いている日々。
暇をもてあましている軍人たちは派手に莫大な金額を賭けるのだ……。
「ハボック少尉、私は参加しませんよ」
「はぁ~~、残念!」
「そういうハボック少尉はどっちにしたんですか?」
そう問われてハボック少尉は口からタバコを離し、ぶぁっと息を吐く。
「んー大佐。大将に賭けたいのは山々だが金が掛かってんだ。ならまだ勝つ可能性がある大佐に賭けとくべきだよ」
冷静な分析につい(なるほど)と息を飲んでしまう。
お名前(女)は昔から賭け事は一切やらないなので面白さが理解できなかった。
ホークアイ中尉が別件が片付いたようで帰ってきて飛びつく。
「中尉、おかえりなさい!」
「ただいま。そのお名前(女)ちゃん……」
「どうかしましたか?」
ホークアイ中尉の顔は仕事が疲れたのだろうか?歯切れが悪い。
あんな上司ならば一番苦労する立場だろうに、同情してもお名前(女)には書類を片付けることでしか貢献できないが。
「大総統が貴方に手紙を」
差し出された手紙の裏に大総統のサインで直筆のものだとすぐに解る。
ホークアイ中尉がその手紙を握り方があまりに尋常ではなく不安が過ぎった。
「ありがとうございます」
封を空け、中身に入っている手紙を読み始めた――瞬間。
「んー?……えーー?!」
ハボック少尉はポトリと煙草を落とし、ホークアイ中尉は予想できたらしく耳を塞いでいた。
東方司令部に耳に響く叫び声が止まった後、お名前(女)は呆然と突っ立っていた。
(なにこれ、見間違い?)
他に内容がないか手紙の中身を探すが、他に用紙は入っていない。
「どういう事なんですか、これは!!」
「大総統からの命令だそうです。久しぶりにお名前(女)ちゃんの戦ってる姿が見たいとかで……」
「私は戦闘向きの錬金術じゃないのに!じゃあ、大佐は知っているんですか?!」
「まだ知りません。これから報告に行きます」
「そんな……」
大総統からの命令は絶対だ!
断れば職務放棄で国家錬金術師の資格と軍医、全てが奪われかねない。
白い用紙の手紙には1行、こう記されていた。
「お名前(女)、君も戦いたまえ」
「なんでも、少尉にかける奴は0らしいぜ?」
「元々戦闘向きの錬金術じゃないのに勝つの無理ですよ。というより、賭けられても困ります……」
今朝下準備をしたものの不安が拭いきれない。
少しでも気を紛らわすために書類を手にしたが作業ははかどらなかった。
澄み切った青空、練兵場には軍人が集まりつつある。
もちろん国家錬金術師たちの戦いである。
戦闘に不向きな錬金術を扱うのに、体術や火力に重点をおいている錬金術師と比べるのが間違いだ。
勝てるはずが――ない。
始まる前に棄権するのが身の為だろう。
(ただ、言い出すタイミングがあるかどうか)
「中央の練兵場へようこそ!!今日は祭りだ!なんてったって!うちの娘の二歳の誕生日なんだぜ、イエア!!」
「知った事じゃー!!」
「そんなこと知らねー!」
次々とブーイングとおまけで、石や服が投げつけられる。
だがヒューズ中佐は興奮しすぎてそんなことはどうだってよかったらしい。
懐に写真を大事そうにしまうと続ける。
「OK!時間も無いからサクッといこう!本日のメイン、国家錬金術師対決!!」
待っていました!とばかりに、声を張り上げて発破をかける軍人から神頼みしていたりそれぞれだ。
「焔の錬金術師、ロイ・マスタング!!」
女性特有の悲鳴に近い声と出世したことに関しての暴言も多い。
ロイはそんなのは全く気にしてないようで無表情のままだった。
「鋼の錬金術師、エドワード・エルリック!」
ロイの時のような暴言はないが――
「小学生並ー!!」
「豆つぶがんばれー!」
「ちいさい言うな!!」
一番気にしていることを言われ、エドワードにとっては暴言だった。
「可憐な美少女――生命の錬金術師、お名前(女)・名字!」
紹介と同時に一斉に声が上がる。
「まだマトモだからがんばれよー!」
「あんな女たらしと豆つぶに負けんなー!!!」
お名前(女)は苦笑いしながら
「はい、頑張りまーす!」
元気に返事をしたものの、心は不安でつぶされそうだった。
「READY!FIGHT!!」
ヒューズ中佐の掛け声と同時に戦闘が始まるかと思ったら、3人ともその場で牽制し合うに留まっている。
「そういえば鋼の。私達の誰が勝つか賭けがあるそうだ」
「んだとー!?」
「げっ!!」
軍内部にいる本人が賭けを知らない方がおかしい。
今になってその話題を出してきたことが不思議に思った。
「そうだな、我々も何かしないか?負けたもの2人が勝者の願いを1つ聞くとか」
「ハッ、上等だ!」
「ああああ、エドぉおお!!罠だよー!!」
お名前(女)が忠告した時には遅くロイの指先から、炎がエドワードに飛んでいく矢先だった。
軍内の賭けと自分たちの賭けを冗談でも口に出すことで相手を逆立てることが解っていた。
エドワードは誰もが認める短気だからこそ必ず乗ってくる。
「鋼の……まず始めにこっちからだ」
「畜生!!」
炎をエドワードは上手く走りながら避けているがギャラリーの軍人たちは攻撃で散っていく。
「でええええ!しかも遠慮無しかよ!!」
(うわー!!片付けが大変なことになっちゃうう!)
ギャラリーの中をエドワードがわざと走っていけば、ますます事態は悪化していく。
お名前(女)はまだ攻撃の的が向けられていないので無傷だが、攻撃で倒れていく人をみると唾を飲み込む。
「うーむ……的が小さいとなかなか当たらないものだな」
「小さいって言うな!!」
挑発に乗った瞬間
「うおおおお!」
「エド!!」
辺り一面が爆煙で包まれ――晴れた時、再び爆発が起きるとエドワードが倒れていた。
(エドがやられたー!!ってことは次、私?!)
「残るは君だ、名字少尉」
お名前(女)は仕方ないと腹をくくったもの、作戦が上手くいくかどうかわからない。
「大佐!ホークアイ中尉から聞いたのですが、湿ってるときは発火布は役にたたないそうですね」
ロイの表情が強張るが空を仰ぎなら笑う。
「だから何だというんだね?今日は快晴。雨は降らないぞ?」
(その通りだ)
「……」
「そうだな。私が勝ったらお名前(女)、君のキスを貰おうか。ほぼ確定だが」
まだ奇跡的に生きている軍人が「変態」だの「ロイ様が汚れる!」と騒いだ。
ホークアイ中尉は愛用の拳銃のトリガーを引こうとしていたが、外部干渉は一切禁止なので必死に止められている。
「大佐、私は戦闘向きの錬金術は使えませんが。準備次第でなんとかなりますよ!」
手と手の平を合わせ、それを地面にバンッ!と叩き付けた。
魔方陣が一瞬にして消え地鳴りが始まる!
地面が割れ大量の水が噴き出し、空に虹をかけた。
(直接水をかぶってなくても、これなら……)
霧状のミストが発火布を湿らせてくれたはず!
「発想は良い。ツメが甘いな」
「あ!!」
背後を取られ、抱きかかえられるようにこめかみに拳銃が向けられた。
トリガーをに力が入ったことがわかり、カチン!と渇いた音がした。
いくら本物でも弾が入っていなければ役に立たない。
(最初から抜いてくれてたんだ)とお名前(女)が頬を膨らませた。
「私の勝ちだな」
「え?」
優しく髪を撫でられ、唇を塞がれた。
一瞬すぎて目を瞑ることも忘れてしまっていた。
殴ってやろうかと思ったが、嬉しそうに微笑む姿をみたら急に怒る気が失せた。
「うむ、見事見事。すばらしい戦いだった」
「は!お誉めにあずかり光栄です」
ロイは敬礼をした。
慌ててお名前(女)も続けて敬礼をした。
「ありがとうございます、大総統閣下」
「では早速、皆で後片付けをするように」
「……やっぱりですか」
2人の後ろは地獄絵図のように攻撃に巻き込まれた人々が大量に倒れていた。
そしてまだ地面から噴き続ける水、さてどこから手をつければいいのやら。
「名字少尉も中々頑張ったのではないか?」
「最善を尽くそうと思っただけです」
再び手と手と合わせ、地面の亀裂を修復していく。
あまりに大怪我すぎる人が既に担架で運ばれ、動ける人たちだけが破損した物を片付けていく。
「今度は初デートでもするか。やはり、私に勝とうなんて許せん」
「あのー大佐、順序逆じゃないです?普通は初デート後にキスです。それか告白後ですよ」
「そうか?なら、今ここで――」
ロイの足元に向かって、眉間に皺を寄せたホークアイ中尉が弾を発射する。
「……どちらにせよ、お名前(女)。私は本気だ」
「と、いいますと??」
ぬらりと動く姿に何かを感じてロイは急いで片付けに戻った。
練兵場にはヒューズ中佐の姿は無く、後で他の軍人にものすごいブーイングを食らったとか。
人々を巻き込んだ国家錬金術師対決は幕を閉じた。