「これなら大丈夫ですよね?」
「ああ」
「うん、似合ってんじゃん。な、イザーク?」
そう言ったディアッカにイザークは何も返さなかった。ザフト軍基地のロビーに当たる場所でお名前(女)・イザーク・ディアッカは集まっていた。 事の発端はお名前(女)の服装だった。今日、わざわざ前線から呼び戻された3人。任務内容は護衛・監視。その人物の周りに居るという以上、目立たない質素なものが良いに決まっている。お名前(女)は私服の1枚も手元には無く、ジュール家の本家に帰ったのが間違いで偶然、いや必然かもしれないが、エザリアに掴まってしまったのだ。始めはイザークと出かけた時のような着せられたが、珍しくお名前(女)が抵抗した為説得する時間も掛かり現在に至る。
「本当にすいません……」
「いや、お名前(女)の判断は正しい」
「んじゃ、さっさと向かいましょうか!」
気を取り直し、3人はエレカへと乗り込み人物の待つホテルへと向かった。向かったホテルは一般人は使用出来ない、超がつくほど高級ホテルだった。あの議長直々に命令したのだから、相当の人物であることは予想がつく。しかもエレベーターは、ずっと上の階を目指す。
「まさかアスランさんの護衛だなんて……」
お名前(女)はエレベーターが指す数字を眺めながら言う。その間にもエレベーターは次の階へと数字を変えた。
「………………」
アスラン、という単語に一瞬反応するイザークだが何も答えない。相当機嫌が悪いようだ。
「はぁー……議長もやってくれるよね」
「そういうもんなんですか?」
「――ここだな」
3人はピタリと足を止め、呼び鈴を鳴らす。部屋の主は直ぐにドアを開け放つ。
「イザーク?!」
「貴様ぁ、一体これはどういうことだ!?」
「へ?あ、あの、そのー……イザークさん!!」
胸倉を掴み一気に部屋へ入るイザークとアスラン。それを見て、お名前(女)は2人の間に割って入る。一方のディアッカはアスランという人物である以上、こうなるのも仕方が無いかとどういう反応も見せるわけではなかった。
「ちょっと待てオイ!何だって言うんだいきなり!」
「それはこっちの台詞だアスラン!!!俺達はむちゃくちゃいそがしいってのに、評議会に呼び出されて何かと思って来てみれば、貴様の護衛監視だとぉ?!」 「ええ?!」
「何でこの俺がそんな仕事の為に前線から呼び戻されなきゃならん?!」
「護衛監視……?」
一方的に怒りをぶつけるイザークとそれに戸惑いつつも言い返すアスラン。それを見かねたお名前(女)もついカッとなり、部屋に声が響く。
「いい加減にしてください!犬猿の仲と聞きましたけれど、少しは落ち着いたらどうなんですか?!喧嘩するほど仲が良いとよく言いますから、仲良くしてください!!」
その声と同時に言い争いは止まり、やっとディアッカが口を開く。
「お名前(女)に止められてちゃなー……それより、外室を希望してんだろ?お前」
「ディアッカ!」
「お久し!けどなぁ、こんな時期だから、いっくら友好国とは言えどプラント内をうろうろ出来ないんだろ」
「ああ、それは聞いている。誰か同行が着くと……それがお前?!」
「ああ!そうだ!」
再び声を上げたイザークだが、それだけ言うとそっぽを向く。
「嫌なら、上に言って下さいね……」
「お名前(女)?」
ディアッカとイザーク以上に自分が居るのが驚いたのか、アスランは目を見開く。そして脳をフルに活用させ、思い当たる名前を呼んだ。
「お久しぶりです」
それに答えるように、お名前(女)も笑った。エレベーターは先ほどより、1人多くを乗せ、ロビーへと降りる。
「事情を知ってる誰かが仕組んだ、ってことだよなぁ……」
アスランは思い当たる人物がいるのか一瞬ハッとした後に静かに瞳を閉じた。
音と同時にドアが開き、1階のロビーへと出たと同時にディアッカはアスランに問う。
「それで、何処に行きたいんだよ?」
「これで買い物とか言ったら俺は許さんからな!」
「そんなんじゃないよ」
アスランは振り向かず、階段を下りながら言った。その声はまるで昔を懐かしむような声でもなり。そして別の感情も込められている。
「ただちょっとニコル達の墓に……。プラントにはあまり来られないから……だから行きたかっただけなんだ」
息を飲むような言葉だった。3人とも何も言う事は無い。無言のままで4人はエレカへと乗り込み、目的地へと出発した。
それぞれ墓石の前に花を置いた3人はいつもとは違った表情だった。この表情を言葉では表すことは難しいだろう。ニコルの墓の前で一斉に敬礼をした。
「それよりお名前(女)、それは何だ?」
「あぁ、これですか?イザークさん」
イザークが指を刺しながら言った物は大事そうにお名前(女)の胸の中にある。アスランとディアッカも不思議に見た。
「2つ?」
そう、花は2人分抱えられていた。
「えー……まぁ、大切な人というか……ある意味で。――はい」
「何だそれは……」
あやふやな言い方にイザークは肩を落とす。
「とにかく、置いて来い」
「はい」
3人は以前クルーゼ隊に所属しており、聞かれたくないような積もる話もあるのだろう。お名前(女)は目的の墓石を探した。
その人物の墓石はすぐに見付かり、そっと1つ花束を置く。C.E.43からC.E.71と刻み込まれていた。今思えばこのC.E.43というのは明らかに間違いである。 「まぁ、あなたが先に死ぬのは目に見えてましたからね……」
ポツリとつぶやいた言葉は人工的な風によってかき消される。感傷に浸っていても時間は確かに過ぎていく。お名前(女)はその墓石から離れ、もう1つの花を墓地の近くにある海へと投げ入れた。バサリと音をたて水面へと落ちる。ゆらりゆらりと揺れるそれは、見ているにはあまりにも悲しすぎた。彼の墓石は此処には無い。自分が知る人物は殆どが表舞台に立ってはいけない人達。それが解れば世界は戦争以上に大混乱になるだろう。
「…………」
頭で考えても何も言葉が浮かんでこない。こうしていても仕方が無い、自然とお名前(女)の足はイザーク達の元へ向かっていた。
「お話、終わりましたか?」
「お、帰ってきたな!」
ディアッカが頭を優しく撫でる。
「時間をとらせてしまってすいませんでした」
そう言いながら、残る2人の顔色を見るお名前(女)だが、お世辞にも良いとは言えない。主に話はこの2人でしていたのだろう。特にアスランの方は墓参りをする前以上に暗くなっていた。そして1つ溜め息をついてから、アスランへとお名前(女)は視線を向ける。
「アスランさん」
「あぁ、わかってる……」
「……届きそうで届かないっていうのは、もどかしいものですね」
「――――」
その言葉にアスランは何も返すことはない。お名前(女)は目の前にある墓石を見て、あることを決意していた。
「失礼します!」
凛とした声が、暗い執務室に響く。敬礼をした後でゆっくりとその人物に近づいた。
「待っていた、用件はわかってるよ」
返したのは紛れもない、プラントのリーダーである議長である。全てを見通しているような言い方だった。あまり良い気分にはならないが、今はそんなことが問題ではない。
「なら、今すぐにでもお願いします」
「うむ、君には任務という形でミネルバへ戻ってもらおう。それならば誰も文句は言うまい」
「任務、ですか?」
「アスラン・ザラの警護、として。彼は我々プラントにも、そしてオーブにとっても重要な存在だ」
護衛監視ではなく、警護。それはアスラン・ザラが形上でもザフトに戻る、という事を意味している。イザーク達との話はあくまでも推測の域に過ぎない。だが、それが決定打になったのは紛れも無い事実だ。突然、後ろに位置するドアが開きラクスと思しき少女が、アスランと共にこの部屋へと入る。服の色はエースのみに与えられる“ダークレッド”。
「お名前(女)……なんで君が?」
問いには何も答えず、お名前(女)はただ敬礼するだけだった。
「君は我々にも、オーブにも重要な存在だからね……もしもの為に彼女を連れて行ってくれ」
「ですが……っ!」
「だが、それは表向き上の話に過ぎないがね。お名前(女)自身もミネルバに戻る事を強く願っている」
「わかりました」
「それと、これを君に……」
作りが丁重で小さい木箱をギルバートはアスランへと差し出す。
「これは?!」
その中身は誰もが目を疑うものだった。
“フェイズ”
それはザフトに属しながらも、指揮下から外れ独自に動くことが出来る特殊部隊の一員の証。渡した理由は完全に明らかだ。オーブとプラントの中間にいる彼の為に配慮した結果。
「ありがとうございます……!」
言いながら、手に取ったアスランは迷いは全く無い。隣に居る、偽りのラクスでない少女は嬉しそうに笑っていた。
長く、それは何処へいくかわからない通路をお名前(女)は歩いている。あの後、アスランとは別れて一足先に施設を出るためだった。その通路に見慣れた姿があったので足を止めたせいか、最後の足音だけや大きく響く。
「アイツと一緒に降下、するそうだな……」
静かな声で目線を床に落としたままで、イザークは言う。人が全く居ないせいか、その声も通路全体に響き渡る。
「アスランさんから……聞いたんですか」
驚いたお名前(女)だが、誰が情報を漏らしたかなど予想はついた。
「後見人が承諾してくれたんです。気が変わらないうちに行かないといけないでしょう?」
「本当は俺の手元に置いておきたかった」
「わかってます、地球に降下する以上は私なりの覚悟は出来ています。イザークさんやエザリアさんに恩を仇で返すような真似はしません」
「そういう意味じゃ!」
やっと顔をあげたイザークはいつも以上に険しい表情だった。だが、再び視線を床へと戻す。
「まさか、独断で動くとは思っていなかったからな……」
「どうしても行きたかったんです。先ほど言った通り、わがままを聞いてもらった以上は覚悟は出来ているんです。ザフトに入ったのも自分の意思に違いありません。 平和な世界を作りたい、そういう気持ちを教えてくれたのは……あなたじゃないですか。私には名誉も地位もお金もありません。けど、平和な世界を望み、一緒にそうしようと手伝うことは出来ます。私は貴方の手となって足となって手伝いたい、それだけなんです」
「そうか……」
イザークはそっと、お名前(女)の頭を撫でる。そして少し切なそうに笑った。お名前(女)にしてみれば、そんな表情は見たくないのだがそうしたのは自分自身だ。チクリとした気がするが、手伝いたいという気持ちに偽りは無い。
「ほら、持っていけ」
ポケットから取り出してお名前(女)に半ば無理矢理、何かを持たせる。大事そうに包み込むように、それを見た。
「これは?」
「お守りだ。俺特製のな」
和風の雰囲気が漂う赤色のものだった。金色で丁重に刺繍されている。
「ありがとうございます!!」
「それと、連絡用のあれは持ったな?」
「はい!ちゃんと持ってます!」
お守りの興奮が冷めないのか、嬉しそうにそれをイザークに見せた。長方形型のディスクは光に反射し、まぶしく見える。
「よし、行って来い!」
「行ってきます」
お名前(女)はお守りを握り締めたまま、ニコリと笑った。だがまだ、イザークは複雑な心境でそれを見ていたとは知らない。
「アスランさん、カーペンタリアへ行くんですよね?」
『あぁ、そっちで会おう』
「はい、向こうでは宜しくお願いします」
プツリと通信が切れ、灰色の画面に戻るとお名前(女)はシャトルの席に着く。苦笑しながら、窓へ視線を移す。
アスランはセイバーでカーペンタリアへと向かうが、お名前(女)はシャトルということになった。元々、セレネは単体での大気圏突入は無理がある。加えて、それぞれのシルエットを強化する為のパーツが緊急に作られ、その荷物。それを配慮した結果だった。シャトルはゆっくりと動きだし、少し大きい衝撃と共に宇宙へと飛び出す。窓の外に、離れた所でセイバーが地球に向かうのがはっきりと見えた。
これが、貴方の選んだ道ですか……。
親友が敵になることは、目に見えていたのに。