07 ナイトメア

「起きろ、お名前(女)!!」
つい最近体験した朝と同じような声が聞える。昨日はイザークと出かけ充実した日だったなと何故か思う。
「……あと4時間」
「ミネルバがオーブに入港した」
先ほどから起こす声はやはり聞き覚えのある声。頭を整理しよう。知っているが、頭が回らないが起こしている人がいる。その人はミネルバがオーブに入港したと言った。
「うそ!」
あと1秒で再び眠りに入るだったであろうお名前(女)は勢いよく上半身を起こす。
「それって本当、イザークさ――イザーク」
「あぁ」
やっと起きたかという目つきでイザークはお名前(女)を見つめていた。服装は昨日と違い、白い軍服。
「とにかくさっさと軍服に着替えろ」
「はい」
小さい声だったが、確かに耳に届いたようでイザークは部屋を出て行った。

軍の港に行く途中の町並みは全く変わりない。ただ変わりあるのは歩く人の方だ。
「でも、何でオーブに行ったってわかったんですか??」
エースしか着れない赤服に身を包んだお名前(女)が運転席にいるイザークに問う。
「オーブの代表が乗っているのだから、オーブへ行く事はある程度予想はつく。それに、昨夜、オーブから連絡があった。ミネルバの修理もあるという話だから、まだ2~3日は滞在するだろう」
「そうか……でもセレネはどうするの?」
「一緒に持っていけ。あれはストライクのものと殆ど一緒だが……。 装備を換装する艦がミネルバにしかない以上、ここにあってもあまり意味はない」
それを聞いて嬉しいという感情の反面、平気なのだろうかという不安が生まれる。まさかとは思うが、正式なルートではないと自分の立場だけではなく、ジュール家全体。いや、ジュール家、隊にまで響きかねない。お世話になった人に迷惑がかかるのが一番恐かった。
「イザーク、まさかとは思うけど裏、じゃ……」
「フン!俺が裏にすると思っているのか?議長には話をつけてある。オーブにも連絡してあるから平気だ」
疑いたいが、一応は正式ということなのだろう。ミネルバークルーである自分を合流させるのに表向きはオーブが拒む理由は無い。と、そこで視界にディアッカの姿が入る。それを見て、お名前(女)は到着したという事実に気がついた。

「ディアッカ、準備は出来ているか?」
「えぇえぇもうバッチリですとも、えぇ……お名前(女)、聞けよ……。 イザーク、たった3時間で準備しろだなんて今日の朝の4時に連絡してきたんだぜー?もう、お前への愛情と過保護っぷりは見てるこっち――!!」
イザークがギロリと睨み、ディアッカの口は止まった。
「ま、イザークに許してもらえてよかったな。ちゃんと行ってこいよ!」
「はい!」
ディアッカはお名前(女)の頭を優しく撫でる。兄と妹のようだが、イザークはその光景を良く思っていないらしく殺気立つ。
「ディアッカッ!!――これも持っていけ」
投げられたものはふわりと浮き、無事にお名前(女)の手のひらに納まる。四角い形状のものだった。
「これがあれば、いつでも俺に連絡できるからな」
「はい……」
「やっぱり過保護だろう?」
そこで再び、イザークがディアッカを睨む。
「それがあればどんな量子コンピューターからならアクセス出来る。そのコンピューターからの信号を宇宙にういているそのコンピューターに一番近いコロニーやプラントが拾い、こちらに届ける仕組みだ。発見されたとしても、場所や内容は特定できないようになっているから安心しろ」
そう言ったイザークは自信満々な笑みを浮かべていた。いろいろ改造出来そうな上、利用価値もある。お名前(女)は嬉しそうに微笑み返した。
「ありがとうございます、では行って来ます」
2人に向かって敬礼をした後、荷物を持ちシャトルへと乗り込む。この行動にお名前(女)は迷いは一切無かった。協力してくれた人には感謝している。

一機のシャトルが飛び立つ筈だった。
『発進は中止だ!!』
妨害するように通信が入る。思いがけないことに、お名前(女)は思わず声を上げた。
「どういうことですか?!」
『自体が変わった!ついさっき、大西洋連邦・ユーラシア含めた同盟国がプラントに条件を飲まないと敵とみなすという通達があった』
「そんな!」 馬鹿な、と続く筈だったが言葉が出てこない。お名前(女)は急いで荷物を持ち、シャトルを駆け下りてイザークの元へ走る。
「今、通信が……大西洋連邦・ユーラシアを含めた同盟国から通達があったと……」
「なんだと?!」
思いもよらないことだったらしく、ディアッカも動揺した。
「とにかく軍へ行くぞ!!」

 

軍内部は通常では考えられない程のものだった。人々は忙しく動き、誰もが焦りを隠せない。
「ディアッカさん、これから、どうなるんでしょうか……」
「全面戦争になることもあるかもな。あ、そうそう、お名前(女)、お前は、ジュール隊ってことにしてあるからな」
「え?!あ、はい、ありがとうございます!」
お名前(女)は頭を下げてディアッカにお礼を言う。まさか、こんなに早く手を打ってもらえているとは思わなかったのが本音だ。確かに所属隊が不明のままで、戦闘に出るわけにはいかない。
「なら、先にブリーフィングルームへ行くこと、シホもいるからな!」
「はっ!」
立場的にはディアッカの方が上だと思っているお名前(女)は次は敬礼をし、別れる。ディアッカは次にカリカリしてると予想される、我らの隊長の元へ向かった。

「セレネのシルエットシステムはどうなってる?!」
ディアッカは隊長室の3歩手前で足を止める。怒鳴り声がドアを挟んだ通路にまで聞えてきていた。こっちにも怒りが飛んでこないか心配ということもあるが、ディアッカは気を取り直して部屋へ入った。
「あれはそういうシステムだからこそ使えるんだ!フロートだけで何が出来る?!――」
「大丈夫ですかー、ジュール隊長」
嫌味のように聞えたようで、イザークはぎろりとディアッカを睨み付ける。しまった!と思った時にはもう遅かった。
「貴様、何をしに来た!……まぁいい」
ほっと胸を撫で下ろし、ディアッカはちゃんとイザークと向き合う。
「とにかくシルエットシステムを急がせろ。その後、ブリーフィングルームへ俺も行く」
「了解!それより、本当にお名前(女)を出すのか?」
「当たり前だ、戦力が不足している今、使えるものは使わなければ守れるものも守れんだろう?」
イザークは書類から目を離さずにそう返す。決意は変わらないのかと思って、ディアッカは1つ溜め息をついた。
「わかった。なら何もいわねーよ……」

ブリーフィングルームに向かったお名前(女)はかなり新鮮な気分だった。こんな大掛かりな作戦は始めてだということもある。
「お名前(女)、久しぶりね」
「あ、シホさん!!」
自分の名前を呼んだ人物はジュール隊ならば、誰でも知っている者だ。シホ・ハーネンフース。2年前の大戦から赤服として、ジュール隊にいた。そしてお名前(女)をいろいろ面倒見てくれた人物でもある。
「元気だった?」
「はい!シホさんが面倒見てくださったおかげで、セレネにも乗れましたから」
「違うわ、それは貴方の実力よ」
そう言われ、お名前(女)はにやけてしまう。
「どうかした?」
「いえ、やっぱり何も変わってないんだなって……懐かしくて」
「簡単に変わっちゃたまったもんじゃないわ」
シホはお名前(女)の頭を撫でるとにこりと微笑んだ。

ブリーフィングも終わり、ベットで横になっていた。セレネのシルエットシステムの件も間に合いそうだと言われ少し安心もしている。部屋についている量子コンピューターを立ち上げ、ディスクを押し込む。そしてたった1行だけ打ち込む。

『核、可能性は?』
『アリ』

文字を見た途端にお名前(女)は立ち上がる。そして空母中にアラートが鳴り響く。お名前(女)はディスクだけ取り出し、急いで量子コンピューターを停止させると部屋から飛び出した。