お名前(女)は静かに自分の機体を見上げる。これを手に入れるまでの期間は長かったが、さほど苦労した訳でもない。艦のライトに反射し、綺麗な黄色にセレネの瞳が輝いた。
「お名前(女)!」
お名前(女)に声をかけた彼は、同じくこの艦の特性を活かしたインパルスのパイロット。シン・アスカ。
「あ、シン……」
「先に帰ってたのか?」
「うん、そのー。ルナがいろいろ買い物に付き合ってくれたんだけど早く終わっちゃって……」
「そっか、俺、インパルスの件で呼ばれるから、後でな!」
「うん!」
シンが離れて行くと同時に、お名前(女)の瞳が鋭くなる。彼は知っているのだろうか?家族を殺した人物を。まだアズハのせいだと言い張っている所をみると、パイロットの名前すら知らないようだった。
「ごめんね……シン」
何故、謝ったかはまだわからない言葉が機械音に掻き消された。
一瞬、地面が揺れたような気がする。外で何かあったのだろうか?
「お名前(女)っ!!!」
「シン??」
「パイロットスーツに着替えて待機だって」
そう言いながらシンはお名前(女)の横をすり抜けて行く。お名前(女)は置いていかれな様に、急いでシンを追った。
「あの……何があったの?!」
「カオス、ガイア、アビスの3機が何者かに奪取された」
「え……!?」
ならば、先ほどの揺れは説明がつく。武装も火気も殆ど、通常の量産型のMSでは歯が経たないだろう。そして、対抗する為応援を頼むならばこのミネルバ。いや、正確には乗っているMSのインパルスとセレネにだ。
スーツに着替えてから、MSデッキへと戻り、セレネへと近づく。コックピット内へ乗り込むと同時に、通信が入る。そこにはあどけない幼さがまだ残る少女が映し出された。メイリンだ。私よりは年下だが、軍に居る、そして同じ隊に所属しているのだから同僚にあたる。
『準備の方は?』
「大丈夫、いつでも出撃できます」
『では、お願いします!』
その声と同時に艦内へ彼女の声が広がる。セレネから整備員が離れていき、お名前(女)はコックピットを閉じる。
『シルエットシステムはソードを選択……進路クリア、発進どうぞ!』
「お名前(女)・名字、セレネ出ます!!!」
「メイリン、シン……インパルスは?」
ミネルバから発進し、体制を保つと画面越しにメイリンに問う。メイリンは即座に、画面に映るインパルスの状況を見ながら言った。
『すぐに発進よ』
「了解」
3機に破壊されたと思われる軍事施設。やたら煙と激しい炎が燃え上がる、その中にそれはいた。
画面がその中の機体を拡大し、識別番号が出る。
「アビス、か……」
アビスとカオス、ガイア。あれだけのビーム兵器を所持する、アビスが一番厄介かと思えるだろう。セレネはアビスに狙いを定め、対艦刀【ネビュラスラッシャー】を鞘から取り出そうとする。が、自分の右手で起こった騒ぎを見つけ、セレネをカオス、ガイアへと向けた。
「あれにザクで挑むなんて!」
一気に、ビームブーメランをガイアへと投げ付ける。ガイアのパイロットもなかなかやる様で、咄嗟に避ける。だが、ガイアの標的はザクのままだった。
「……ったく!」
良い判断だと思った。こっちを標的にすれば、その間にザクは間違いなく退くだろう。出来るだけ多く敵を倒す。とるならば、確実に仕留められる敵。ネビュラスラッシャーを抜き、切りかかろうとした瞬間に影が地上へと降り立つ。
『また戦争がしたいのか!あんた達は!!!』
ザクを庇うように降り立った、インパルス。シンの声はお名前(女)に届いていた。
インパルスがガイアへ勢いよく切りかかる。あちらも引く様子は見せず、応戦してくる。横で、セレネがアビスへと切りかかった。それを避けたアビスがセレネへビームを一気に浴びせる――が、またそれを避けてセレネは追い討ちをかける。
「シン!!……こっちはアビスの相手するから、そっちは2機、よろしく」
『お名前(女)!2機も?!』
「そう!落ち着いてやれば大丈夫でしょ?多分ね」
お名前(女)はアビスを2機から引き離すことに必死だった。大量にビーム兵器を持つ、アビスの攻撃は盾があるわけでも無く、同時に他の2機を相手にしていれば防ぎきれる筈がない。それ以上に奪取しに来たのならば、必ず母艦へと戻ろうとする。その時に逃げられる穴を作れる可能性が一番高いのがアビスだ。
逃げられる。
それはザフトの戦力が奪われると同時に外てきへ漏れるということ。ネビュラスラッシャーで切りかかっても相手は逃げるばかり。それどころか軍事施設、加えて一般兵の乗る機体への被害が増える。
「……こっちの奴もなかなかやるなぁ」
『お名前(女)!シン!命令は捕獲だぞ!!あれは我が軍の……』
『わかってます!でも出来るかどうかわかりません!』
「捕獲は難しいと思います」
『大体、何でこんなことになったんですか?!』
シンが会話に割り込んでくるが、ここでそれを言うかとお名前(女)はあくまでも冷静だった。余計な話が煩く感じ、お名前(女)はミネルバとの通信を切るボタンを押す。プツンと音がしたと思うと画面は灰色に戻り静けさを取り戻す。煩い、と誰かに愚痴りたい心境。横目で、インパルスを見るも、あちらも苦戦している様子を確認したと同時に――地面が揺れる。
「え?……まさか港?!」
母艦が迎えにきた合図。
「はぁあ!!」
ネビュラスラッシャーで何度も切りかかるも、アビスはそれを避けて、インパルスと交戦中のガイアへ援護をした。
「あ!」
『わかってる!!』
お名前(女)の気持ちはやけに落ち着いている。まるで、彼らには逃げられるとまで結果がわかっているようだった。インパルス、セレネも一気に空へ3機を追う為に飛び上がる。モニターにレイのザクファントムとルナマリアの赤いザクが見え、ビームで行く手を阻む。それを無視しつつ、3機はやはり、空を飛び、離脱しようとする。
『よくもなめたマネを……!!』
「…………っ」
声にならない叫び。
このままだと本当に離脱される。
「レイ、シン!!アビスを抑えて!」
『クソ……何でこんなことになるんだ?!』
『う?!』
通信に突如、驚きの声が入る。高い女性特有の声、ルナマリアだ。
「ルナ!!」
その高度の下げ方はあまりにも異常で、ミネルバに到着するより先に地面に足がつく。それを見ていられず、セレネはネビュラスラッシャーを鞘へ戻すとルナマリアのザクを追う。
『お名前(女)?!』
『ごめん、シン……こっちの方が心配だから。多分、ミネルバもこのまま、宇宙に出ると思うから、私達、このままだと乗り遅れちゃうよ」
それだけ言うとセレネはがっしり、ルナマリアのザクを掴み、ミネルバへと飛ぶ。
『お名前(女)、あっちは?!』
「あー、そう簡単にやられるとは思えないよ。大丈夫だと思う……」
『随分と押されてたけど……本当に良かったわけ?』
「ここで死んでたら、この先が思いやられるよ……」