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雪男はシャーペンを走らせていた。
今取りかかっているものは表の身分である学生に課せられた課題だ。
参考資料を片っ端から集めて早数日、ようやく終わりそうだ。
双子の兄が面倒臭そうに放り投げる姿を容易に想像できる。
仕方ないから帰る時に使った資料を一通りコピーしていくと決めた。
祓魔師になっても医者になることを辞めたわけではない。
講師と学生の両立が辛いとは思ったことはないが、ストレスが溜まらないわけではない。
その原因は双子の兄と、正十字学園の自称・妹のことで占められる。
正十字学園の図書館は広い。
主な利用者は中等部から大学部の学生だが既に絶版済みの貴重な物や最新の文献もある。
おかげで出入りは激しいが、空調設備は万全だし雑音を我慢すれば快適だ。
雪男は集中力を切らせないため、出入り口から距離を置いた人のいない、しかも隅を陣取っていた。
あと数行で終わるというところで隣の椅子に誰か座ってくる。
図書館に通い始めてからこんな場所で用事を済ませる人を見たことがない。
カウンターや移動に便利な出入り口にほど近い場所へ皆が集まるからだ。
どんな奴かと思って、ふいに目線だけをずらすと――ばっちり目が合う!
悩みの種でもある彼女――お名前(女)。
なな美は机にへばりつくようにしてこちらをじっと見ていた。
刺さる視線が痛くてクイッと眼鏡を上げる。
「雪男先生」
「呼ぶならせめて“奥村先生”にしてください。なな美さん、何か用事ですか?」
「奥村先生、勉強教えてください」
「…………」
教えてくださいと言われたがぴたりとくっついた机から離れることはなく、視線はそのままで滅多に瞬きもしない。
人に物を頼む態度ではないことは確かだ。
「わかりました。でも先に態度を直してからにしましょうね?」
皮肉を言ったらすぐに伝わったらしく、すぐに机から身を起こす。
なな美はいそいそと立ち上がって「先生、勉強教えてください」頭を下げた。
なな美の長所であり短所である“この性格”は上手く使えば、年頃の女生徒より扱いやすい。
自分に非があればすぐ謝るし行動に移すが無茶な行動もする。
(もう少し落ち着いてくれれば……)
雪男はそう思ったが口には出さなかった。
「はい。何が解らないんですか?」
「これがよくわからない!」
嬉しそうに笑いながらノートを開くと指さした場所は数学だった。
ノートをまじまじと見ると中学校レベルの問題で雪男はまた双子の兄を思い出した。
また眼鏡を直して長く息を吐き出す。
「兄上が祓魔師でも計算ぐらい出来ないと駄目だと言ったから……」
「なるほど。この問題は、この方程式を――」
そんな危険対象から頼られるのも悪くない。