04 僕は何をさがしているんだろう

今日は海馬コーポレーションにいる。遊戯は、海馬が仕事を1日休むだけでどれだけ仕事が溜まるか知っている。 「仕事の邪魔はしないから」と無理いって付いてきた。昔もこんな風に過ごしていた事を思い出す。呼び出されたのに仕事に打ち込んで不貞腐れたこと。終わるまで宿題をしていたことを。

遊戯はソファーで携帯型ゲームを遊んでいた。不意に海馬が近づいてきたので画面から視線を離す。
「どうしたの?」
「休憩だ」
そう、言いながら遊戯の向かいの席に座った。
休憩といいながら触っているものはデュエルモンスターズのカードで、好きなものに触れていることが彼にとっての癒やしなのだろう。カードを捲ってじっくり眺める姿は純粋そのものだ。テーブルに置いたカードを見ると、テレビCMで流れていたもので――
「それ、最近発売したパックに入ってるやつだよね?ちょっと見せて!」
「ほぅ、意外だな」
「ボクだってデュエルモンスターズは好きだよ!」
デュエルを辞めたからといって、デュエルモンスターズが嫌いなわけじゃない。楽しそうにカードに触れる海馬を見ていると、こっちまでワクワクした。遊戯は拗ねたように言った。

「あっ!」
「どうした?」
遊戯が急に声を上げたので海馬はカードを捲る手を止めた。
ほんの一瞬だけ、手つきが<遊戯>に似ていて――脳がそれは違うと認識した時は既に遅し。二人で過ごせる時間は貴重だし、正直に言ったら機嫌が悪くなるにきまっている。なかったことにはできないし、上手くごかましたいが……。
「ごめんね、何でもない」
と、嘘をついても、今まで海馬に嘘を突き通せたことがない。
「大方ヤツのことでも考えていたな」
「えぇ!?――あ、いや」
「フン、図星か」
遊戯は怒らないでと言いたいが、はっきり態度に表す海馬を見てホッとした。

海馬は遊戯と城之内がするような、本当の人付き合いがとても下手だった。それは想い人、恋人になった遊戯に対してもそうで――つきあい始めは表情を崩さず、仕事をしている時の方が生き生きして見えたし、<遊戯>を相手にしている時の方が本来の彼らしくて妬いてしまった。交流を重ねたら、数ヶ月経つ頃にはどこに閉じ込めていたのかというほどの嫉妬と独占欲に遊戯が参ってしまうほどだった。遊戯にだけ見せる海馬の姿――そう考えると悪くない。

海馬は向かいの席から遊戯のソファーに腰掛けると、チュッと触れるだけのキスを頬にして、思いっきり体重を掛ける。いくら成長した遊戯でも、体格差は大きく圧迫感を感じる。大方こういう行動する海馬は、自分以外のことを考えた遊戯に意地悪したくてしょうがないのだ。
「海馬くん、重たい……」
「体重をかけているのだから当たり前だろう。――クク、このまま襲ってもよさそうだな」
「ちょっと!!何言ってるの!?」
海馬は慣れた手つきでベルトをあっという間に外してしまう。静かにテーブルに置いたら次のターゲットは――パンツに手をかければ、遊戯は必死に抵抗する。
「ああぁぁあ!!」
情けない叫び声が部屋に響き、ようやく海馬は手を止めた。涙目の遊戯を目にすると、ますます苛めたくなる。啼かせたくなる。

本気で行為に及ぼうとしたことに気付く。海馬はここが海馬コーポレーションということを忘れていた。ここで仮に行為に及んでそれを誰かに見られても海馬は気にならない。ごく限られた人間しか知らないこの関係……遊戯が自分のものだと、世間に知らしめるからだ。
数年に及ぶ禁欲生活が終了した途端、これほどの性欲に見舞われるとは、重症だ。

目覚まし時計の音で目覚める。カーテンの隙間から差し込む太陽光が眩しい。
(千年パズル……あれ?)
起き上がってみたら枕元に千年パズルはなかった。勉強机の上にもなくて、どこかに置き忘れてしまったのかもしれない。一階に忘れることはないから、この部屋のどこかのはずだ。あれがないともう一人の遊戯と交代するどころか、話すことさえできない。早く見つけないと学校に間に合わない!

「どうしたんだ?相棒」
「あ、もう一人のボク!千年パズルが見当たらなくて……どうしよう」
「ほら。オレの部屋に忘れていったぜ」
「本当に!?良かった……」
もう一人の遊戯は優しそうに遊戯の首に掛けると、遊戯は大事そうに千年パズルを持ち上げた。
「それより相棒、早く支度しないと学校に遅れるんじゃないか?」
「あ!そうだった!」
遊戯は慌てて階段を降り、それにもう一人の遊戯が続いてゆく。二人で洗面台で顔を洗っていると、台所にいる母親から
「早く朝ごはん食べないと遅れるわよー」
と、急かす声が聞こえた。

テーブルにつくと既に朝食は並べられていて、もう一人の遊戯もいる。時計を見る城之内や杏子が迎えにくる時間には間に合いそうだ。トーストにマーガリンを塗って口に運ぶ。
「相棒、最近海馬とはどうなんだ?」
「ぐほぇ!!」
不意打ちのような発言に、飲み込んだパンは変なところにつっかえてしまったらしく、咳き込むと胸が痛い。それにはもう一人の遊戯も驚いたようで背中をさすったり、叩いたりして、直ぐに落ち着いた。
「特になにもないけど。海馬くん、忙しいし……それほど連絡取ってないよ」
「そうか。何かあったら直ぐにオレに言えよ? まぁ、海馬なら安心だな」
「え?」
「これでも海馬のこと信頼してるんだぜ。じーちゃんや城之内君を酷い目にあわせたが、相棒には真っ直ぐだ。見てるとわかる」
優しい、満足そうな笑み――戦いの儀の終わりで見た時とそっくりで遊戯は言葉が出なかった。そんなこと気にもとめず、もう一人の遊戯は続ける。

「幸せになれよ、相棒」

目を開けると、見慣れた天井――部屋だ。
一時帰国したから一度自宅に顔を出すついでに、そのまま泊まった。部屋は旅に出た時から何も変わっていなかった、いつ返ってきてもいいように母親が掃除してくれていた。詰まれたデュエルモンスターズの雑誌は200X年のもので、ここの部屋だけ時間が止まったままだった。

どんな夢か自然と脳内がリプレイする。もしここで覚えてなかったらよかった。あまりに強烈な内容で最初から最後まで筋道立てて内容を覚えている。台詞も間違えずに言えそうだ。
<遊戯>の言葉を思い出すと、自然に涙が溢れた。
「もう一人のボク……もう一人の、ボク――うわぁぁぁん」