03 いつだって君に溺れてる

遊戯は、ただ呆けていた。この数年で童実野町の風景は変わっていた。さすがは海馬コーポレーションの城下町、中心部には百貨店が建ち、立地の良い場所は大きな家が立ち並ぶ。これで町というのだから驚きだ。
それ以上に驚いたのは――
(海馬くん、車、運転してるよ……)
日本は18歳から運転免許が取得でき、遊戯も海馬もとっくに18歳を超えている。ジェット機やヘリコプターさえ操縦できるのだ、車も運転できて不思議ではない。海馬と車に乗る時はいつも運転手付きのリムジン、海馬の運転する姿を見るなんて夢にも思わなかった。
遊戯達が屋敷を出発する時、この車に乗るとは思っておらず言葉が出なかった。横に開くと思っていたドアは上に持ち上がり、またそこで息を呑む。車内を覗いたら2シーターで、まさかと思って車の正面に回り込んだら欧州に本社があるスーパーカーだった。青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンと同じ色合いでシャープなボディが海馬に似合っていた。

「運転できたの?」
「ああ」
素っ気無い返事……KCがアメリカへ進出して今年で何年目になるだろう。独り、高校卒業したばかりの気分でいたようで落ち込む。チラリと海馬を見ると、仕事と同じ真剣な表情だった。エンジン音も大きいと想像していたのに気にならない。一気に加速しなければ至って普通の車だ。ぼんやり景色を眺めながらシートに深く座ると自然と意識が遠のいた。

口の下、顎が湿っぽい。少し濡れているような……気持ちが悪い。意識が浮上すると、眼球に入ってくる光が眩しすぎて、目を開けた。
「かいばく~ん?」
「起きたか」
目を擦りながら運転席に座っている海馬を見ればノートパソコンを広げていた。無意識に顎に手をもっていくと、やはり濡れている。
(もしかして涎!?)
完全に熟睡していたらしい。急いでハンカチで拭って、恥ずかしさを抑え、いつも通りを心がける。車は既に駐車していて、時計をみると海馬邸を出発してから1時間近く経っていた。
「あっ海馬ランド!!何で起こしてくれなかったの?!」
「何をしても起きなかったからそのまま寝かせといた」
「ごめんね、海馬くん……せっかく休みにしてもらったのに。早くいこう?それともしごと――」
「仕事の話はもういい。さっさと行くぞ!」
「うん!」

 

従業員用の出入口からお忍びのように入ると、子どもたちの笑い声が聞こえる。平日だというのに客足は上々だ。 海馬ランドはオープン当初から他の遊園地より施設が整っていたし、大きかった。売上を年々伸ばし、規模も拡大した結果、一日かけても見て回れないほどになった。
遊戯はアトラクションに向かおうとするが、腕を捕まれて逆方向へ歩きだす。
「こっちだ」
静止の言葉は届かず、あっという間に室内に連れ込まれる。そこは薄暗く、きょろきょろ見回しても殺風景なことぐらいしかわからなかった。海馬が明かりをつけると機材が置いてあった。

海馬に無言で渡された紙の束は、感触でデュエルモンスターズのカードだと直ぐにわかった。デッキの上に目印として書かれていた単語は「Duel king」だった。ここ数年は飾りになっている腰にあるデッキホルダーに手を置く。中身を確認すると多様していたカードとモンスターばかりで、よく研究されて作られていることがわかる。
「このデッキ、もう一人のボクの?」
デュエルキングとデュエルしたい人間は世の中に腐るほどいる。遊戯と音信不通の間に海馬が行き着いた答えは似せた人工知能と戦わせることだった。海馬本人を再現した物も一足先に作っていたし、その人工知能はカードの引きの強さもよく真似できていた。
遊戯は、海馬コーポレーションの最新技術が凝縮しているのだからその辺のデュエリストより強いし、 逆に誰も勝てないとすら思った。
「オレとデュエルするわけではない。もう童実野町から離れないからこんな物は必要ないか?」
不敵に微笑む海馬を直視できず、頬を赤く染めながら遊戯は俯いた。

それから何回か休憩をいれながら遊戯はコンピューターと対戦した。久々のデュエルはワクワクしたが……未完成の人工知能だからか、全て遊戯の勝ちだった。
最後にデュエルしたのはいつだったか。きっと相手は城之内だ。遊戯が勝ったのだが……城之内が「さっすが遊戯! もう一人の遊戯に勝ったんだもんな~立派な決闘王じゃん!」なんて言われてしまい、まずいことを言ったと感じたらしく慌ててバツの悪い顔をされた。何故か心にぽっかり穴が空いた気がした。
遊戯は今でも城之内のことが大好きだ。海馬と違う意味でとても大切で、かけがえの無い親友だ。何も言わず町を飛び出して、城之内だけじゃなく杏子も本田も心配している。どんな顔をして再会すればいいのか……想像できなかった。

海馬と外出するなんて滅多にないので、町中にいるカップルのようなデートかと思っていて残念な気持ちもあった。町に出かけても人の目が気になるし、むしろこっちの方が良かったのかもしれない。勝手に旅に出て、何年も連絡もせず、勝手に帰ってきたと言われればそれまでだ。
(まだ6日あるし、いっか!)
デュエルディスクからカードを外して綺麗に整えると、海馬も機材の片付けが終わった。
「遊戯」
使用していたデッキを海馬に渡そうとしたが、後ろから抱きしめられて、腰に手を回されたら抵抗は無意味だ。遊戯の身長が伸びても、海馬の身長も伸びており、前もこんなことをされた気がするが全く距離が縮まらない!わかっていたが悔しい。

耳元でそっと
「オレとはデュエルしないのか?」
と、甘い声で身が竦んだ。
「オレの性格はわかってると思ったんだがな」
グイッと膝の裏を抱えられ、急に視界が上がる。海馬の澄んだ青い瞳と視線がぶつかってドキリとした。担ぎあげられているのは二十歳を超えた大人なのに、子供のようにあっさり持ち上げられてしまう。それを考えると「海馬くんって力持ちだな」と感心してしまった。落ちないように咄嗟に掴んだ腕と肩――昨日の愛撫を思い出して、首の後ろに腕を回す。 自然と唇が近づいて重なり、音も立てず、静かに離れる。
遊戯も海馬には弱い。時折見せる優しい笑顔も不敵な笑みも、からかうような表情も、全て好きだ。海馬の香りに酔うと静かに息を吐いた。頬を肩の上に乗せると最愛の人がここにいると感じた。