03 パーフェクトゲームの結末

「貴様はオレと遊戯の関係に嫉妬していた、違うか?」

「オレの方が相棒にずっと近いのはわかってるだろ。何故、海馬と相棒の関係に嫉妬しなきゃいけないんだ?」
「ふぅん……今日は随分と強気だな、遊戯がいないからか?」
<遊戯>には海馬が何を言いたいか、何をしたいかよくわかる。
遊戯を侮辱される真似は<遊戯>が許さず、逆に<遊戯>を侮辱することは遊戯が許さなかった。
これも相手が心理に漬け込もうとしている1つなのだ、と。

微かに聴こえる声。
心の奥からいつも自分の名前を呼んでいる、あの時からずっと。
「もう一人のボク!!」
「相棒」
「もう一人のボク、どうして返事してくれないのさ!」
いっぱいの涙を浮かべて飛びついてくる遊戯を拒む理由などなく、自然と背中に腕を回してしまう自分も情けない。
「すまない」
「ずっと、君の心が叫んでるのが感じた。苦しいって叫んでた、ボク……何かしたかな?」
「すまない、相棒……」
<遊戯>も力を入れて抱きついてくるから一瞬バランスを崩すが何とか踏ん張る。
「もう一人のボク、何があったの?」
「全部、オレのせいなんだ……」
<遊戯>は何かに怯えるように縋るように抱きついてきて、そんな姿を見たら少し安心した。
遊戯は哀れだとは思わない。逆に“まだ”近くにいるんだと実感する。
「何も、もう一人のボクは悪くない! 君が苦しいなら僕も苦しいよ」

地面に水滴が落ちたことで瀬人は誰かわからない遊戯へゆっくりと近づく。
手を顎に添えて自分の方に顔を向ければ捜し求めた遊戯であることには間違いない。
頬を伝う涙がもう一人の遊戯と何かあったと教えてくれる。
「遊戯、何があった」
「やめてよ、海馬くん! もう一人のボクを傷つけるようなことして……もう一人のボクが悲しませるのは僕が許さないから!」
泣き顔で怒っても効果はないのだが、逆に海馬を煽ることに気づいてはいないだろう。
遊戯は瞳をゴシゴシと拭きながら海馬から逃げるように屋上から出て行った。

 

涙を手で拭っても止まることはなく、ただただ流れ続ける。
<遊戯>も何も語ることはなく、相手の心から苦しい気持ちがひしひしと伝わってきた。
遊戯は自分が屋上に何故いたのか、目の前に海馬がいるかわからなかった。
だだ大事な分身に何かがあったということだけはわかっていた。

遊戯にとって海馬瀬人は<遊戯>の次に憧れる存在になっていた。
目的の為ならば手段は選ばず人を傷つけることなど当たり前の人物だった。
だが交流が増えると弟を大切にする気持ち、海馬コーポレーションに込める想いがあった。
そして何より圧倒的なデュエルセンス。<遊戯>の宿命の好敵手と呼ぶに相応しい。
記憶も肉体もない<遊戯>をデュエルを通じて感じ、一番存在を認めてくれた彼に感謝の気持ちで一杯だった。
勉強もゲームも運動もできて、彼には欠点など何もないと思ってた。

(海馬くんの……バカ!!)
理由は検討もつかないが、少なくとも<遊戯>を傷つけた事実には変わりない。
遊戯はポケットから携帯電話を取り出すと海馬のデータを削除してしまおうとする。
だが、待ち受け画面に「新着メッセージ1件」表示に他愛もない気持ちで決定ボタンを押した。

遊戯に突き放された海馬は<遊戯>を大事に想っているからこそだと理解していた。
それでも眸に焼きついた切なく苦しそうに涙を流す遊戯を思い出すと溜め息をせずにはいられない。
こんなに他人に依存してしまうことなど、昔の自分を考えれば有り得ない。
過去の自分は今の自分を見てなんというだろう。

「急遽仕事が出来た」と言い訳して学校は早退した。
教師もクラスメイトもいつものことで誰も気にしなかった。
あの遊戯を思い出さない為にデスクワークに没頭すれば多少は気が紛れると思ったからだ。
書類から目線を逸らせば、窓から沈むオレンジ色の夕日が見える。
遊戯と久々に再会した日もこんな時間だったとぼんやりと思う。

不意に携帯電話が鳴り出して現実へ引き戻され、内容を早く見ようとボタンを押す。
画面がパッと切り替わった瞬間に出た名前を見て後悔した。

 

場所は海馬コーポレーション・応接室。
遊戯は地べたに座りながら海馬に頼まれたデッキを組んでいた。
後ろから<遊戯>が「こっちのカードがイイんじゃないか?」と指差すので、手にとる。

海馬のデータを削除しようと、つい先に見た新着メッセージ。
二週間も前のもので差出人は削除しようと思っていた張本人からだった。
止まったはずの涙がまた溢れてきた。
【愛してる、我慢出来なかった】
それに対し、相応のメールを返信したつもりだったが、返事は至ってシンプルで
(日曜日の10時に来いって、これだけ?!)
拍子抜けして遊戯は目が点になった記憶は新しい。

「これでいいかな?」
一通りチェックをしてデッキが完成した。
まだ改良は必要だが基板にすることはできそうだ!
実際にデュエルすればより問題点と課題が出てくるので、直すにはその方が早そうだ。
「相棒、お疲れ様」
背後から<遊戯>がデッキを覗き込む。
「もう一人のボク!」
ちゃんと話しをした後は元の彼に戻った。
お互いにその件は水に流すということで落ち着いたのだが、未だに<遊戯>は引きずっているようで謝る時がある。
「もう一人のボク、今から海馬くんの所に見せに行ってくるよ。何があってもボクは大丈夫だよ」
「わかった、相棒」
それでも海馬からのメッセージを消さなかったという時点で、どこかしら感じるところはあったのだ。

社長室という札の下にある扉をノックすればすぐに返事が返ってくる。
声が聞こえてから遊戯は部屋に恐る恐る入ると海馬はいつも通りデスクワークに明け暮れていた。
「海馬くん、頼まれてたデッキなんだけどこんな感じでどうかな?」
いつも通り明るく声を掛けたつもりだが大丈夫だっただろうか。
青い澄んだ瞳と目があうとドキリとして、40枚のデッキを渡す。
海馬は書類を机に置いて、デッキの中身を確かめだした。
遊戯はその時の表情を見て会社の利益の為でもあるが、少し嬉しそうだと感じる。

「実際にデュエルしてみないと直せない所もあるだろうから、それで完璧ってわけじゃないだろうけど」
「そうだな、意見は様々だろう。社の者にも何度か使わせて意見を聞いて調整しよう。遊戯、助かった」
整えて海馬は一番上の引き出しに大事そうに、静かにデッキをしまった。
「うん……ボクも凄く勉強になったよ。ありがとう海馬くん」
「それじゃあボクは帰るね」と、口に出そうとした瞬間だった。
「待て」
エスパーのように先の言葉を読まれて冷や汗が止まらない遊戯だが、海馬の手招きで近くへ寄る。
すると両手で盛り上げられての膝の上に座らせ優しく抱きしめる。
「か、海馬くん?」
「あの内容は本当か?」
「本当だよ」
今なら怖がらずに口に出して言える「僕も似た気持ちかも」と。

【君が一番、もう1人のボクのことを認めてくれてたね】
【本当に感謝しています】
【友達としてじゃなく、大事な人として、海馬くんが気になっています】