アルベルの急用に付き合うためカルアサに停滞している。
呼び出したのはこの街の領主であり風雷団長のウォルターだ。
どうも用事はすぐには終わらないらしく、そのまま小さな休暇となっている。
魔物と戦うことがなかったおかげで体力は回復したが腕は鈍って仕方ない。
屋敷の物を破壊しない程度に体を動かしてみても実戦と練習では違和感があった。
それでも身体を動かし続ければ汗をかくし少しは息が上がる。
地面に座って深呼吸すれば――逆に咳き込みそうになる!
カルアサはやけに埃っぽい。
普段は陽が落ちる頃に宿に入り、昼前には既に旅立っているのでここに住む人々の生活は新鮮に映る。
風雷の本拠地だけあって団員の数も多く、よく考えてみれば普段見慣れないものばかりだった。
見回りの団員が雑談しながら目の前を通り過ぎる。
「はぁ……あの歪のアルベルがなぁ」
「綺麗な人なのかねぇ」
「アルベルがどうかしたんですか?」
身近な人物の名前が聞こえて、フェイトはつい声をかけてしまう。
それに団員は驚き、急いで頭を下げた。
その反応に逆にフェイトも驚いて急いで立ち上がった。
理由を聞くと青髪の青年達がアーリグリフとシーハーツの戦争を終わらせたと国内で広まっているらしい。
パーティー全員とも美男美女で極めつけはアルベルまで打ち負かす実力の持ち主!
そんな伝説級の人物が存在に話しかけられつい頭を下げてしまったらしい。
「先ほどの話ですが知らないんですか?アルベル様、見合いするんですよ」
「は?」
信じられなくて、つい手が緩むと剣がするりと手から抜けていく。
不意打ちすぎる、こんなことがあって……堪るか!
数日前、アーリグリフ王との政略結婚の事実を知ってしまったことを思い出す。
以前あの2人のやり取りを覗き見してしまったこともあり、なかなか忘れることができない。
フェイトが生まれ育った地球は政略結婚が行われていたのは遥か昔の話だ。
つい最近知り合った身近な人がそんな体験をするなんて考えもしなかった。
(やっぱりアルベルも……)
いけないいけない、でも容易に想像できてしまう。
アーリグリフ王13世が王位につくまでは階級制度だったらしい。
アルベルは家族のことを語ることはないし、どんな出生なのか一切知らない。
知っている事と言えば、アルベルの父親は以前の疾風だったということ。
ウォルターは亡くなった父親の代わりに見守っているし、見合いの1つや2つ持ってきそうだ。
この性格は何とかならないのか!
一番気に掛けてくれるマリアもアルベルの見合い話はどこからか調べてきたようで「君、考えすぎる節があるから」と言われてしまった。
何も考えず1つに没頭することができればどれだけ楽なことか。
そう、恋人のアルベルのように。
メンバーが宿泊している宿屋に戻ってきたのはその日の夕方だった。
フェイトとマリアはお見合いの日ぐらいウォルターの屋敷に泊まるのかと思っていた。
マリアが夕飯時に宥めるように頭を撫でられて男として情けないと思いつつも頼りたくなる。
同じ遺伝子操作を施されたからなのか、殆ど一緒の時間を過ごしていない姉だからなのか。
ソフィアとは違う自身を補ってくれる存在だから。
もし、依存しているならば――アルベルに、だろう。
いつもは嬉しい同室も今日ばかりは気まずい。
マリアが“今日も”同室にしたのは訳あってだろうし反論しなかった。
勇気を出してフェイトは意地悪な質問をした。
「アルベル、今日の相手どんな人だった?」
「は?なんの相手だ阿呆」
「お見合いの」
「…………」
いつもなら言い返してくるアルベルが何も言わない、無言は肯定だ。
(聞かなきゃ良かった)
自分から聞いて凹むなんて馬鹿らしい。
それ以上に驚いたのはこんなにも嫉妬していたことだ。
消そうと思ってできるものじゃない。
今まで軽く流せたのに、急な事態に動揺してしまう。
本当は泣いてしまいたかった。
泣いてせがんで――そんなことしてもアルベルは何とも思わないに違いない。
それに地球にいた頃に見た恋愛ドラマそっくりでとても自分にはできなかった。
「あのさ……この前アーリグリフ王が結婚する話があったぐらいだし。別に――」
「断った」
「え?」
「しつこく勧められたが相手に会う前に屋敷から出てきた」
「ふっ……」
アルベルらしい行動に面白おかしそうにフェイトが笑う。
あまりに長く笑い続けるのでアルベルが刀を抜こうとすると「待てよ!」と弁解する。
笑い声で言われても説得力はないが、怒りを沈めるようにアルベルがため息をつく。
「笑って悪かったよ」
「チッ……クソ虫が」
「いや、本当にアルベルらしいと思ってさ。相手には申し訳ないけれど僕は嬉しいよ、ありがとう」
「どうせ風雷団員にでも入れ知恵されたんだろうが阿呆」
全て見破られていて返す言葉がない。
不貞腐れたようにフェイトは枕に抱きついて天井を仰いだ。
アルベルが腰から刀を抜いて立てかけると無理矢理フェイトのベッドへ潜ってくる。
「なっ!アルベル!?」
「別に襲いやしねぇよ。今日はこっちで寝る」
部屋はツインベッドで身を寄せ合って寝るにしても狭すぎる。
使い古されたベッドは二人分の体重で今もギシギシと唸り、観念してフェイトも横になって縮こまる。
この際だから百歩譲ってベッドから落ちても仕方ないことにしよう。
アルベルの背中に顔を近づけると鼓動が聞こえてきて心地がよい。
フェイトが縋るように腰に腕を回してもアルベルは抵抗しなかった。
甘えてもいいことに嬉しくなって瞳と閉じると、昼間に体を動かしたおかげですぐに意識が遠のいた。
暫くするとフェイトの寝息が聞こえそれが背中に当たってくすぐったい。
回された腕を強く握りアルベルも目を閉じる。
明日も明後日もずっと一緒にいられるように――と。