キラの住み処からしばらく歩くと、イザークは剣を抜きながら辺りを見回した。
気配を意図的に消さず、先ほどのキラとの会話からずっと監視されていた。
そんな奴の気配は、キラにとってはいつものことのようで気づかなかったらしい。
「いるのはわかっている。出てきたらどうだ?」
はらりと木から落ちた葉が地面に落ちる瞬間、黒い人型へ変化した。
「初めまして、イザーク・ジュール」
「お前がキラの幼馴染か。まさか本当に吸血鬼だとな……」
「キラから聞いていたんだ?アスラン・ザラだ、よろしく」
よろしくと挨拶されたが間合いを詰めることはない。
警戒しているわけでもなく、互いに仲良くなる気など最初からないからだ。
痛々しい殺気を放たれてよろしくと挨拶されても信用できるか!
余裕の笑みを浮かべるアスランが気に入らない。
今の時刻は解らないがまだ夕方にもなっていない――昼間だ。
ヴァンパイアの活動時間は主に夜間で……時間が大幅にズレている。
自ら日光を好む変わり者もいるが、そんな奴は今まで一度しか見たことがない。
「キラと随分と仲が良いんだね?」
「つい先日知り合ったばかりだ。いや、見ていたんじゃないのか?」
「気がついていたんだな。でも……まさか君がヴァンパイアだったなんてね」
「それがどうした」
アスランは対峙して確信していた。
姿は人間と変わりないヴァンパイアも興奮すると目の色が変化する。
透き通った青い瞳に時折見え隠れするレッドアイを見逃さなかった。
一般人には知られていないが、この世でハンターと名乗るものは特殊な存在だ。
化け物と対峙する者は同等かそれ以上の力を持っていなければならない。
イザークも訳あってヴァンパイアだが同族を狩っている。
もちろん無作為に狩っているわけではないから、条件はあるが。
「僕らも魔女とは関係が深い。だから、殺さないでくれるのか……そう、思っただけさ」
「異端な存在でも俺は悪影響がない限り殺めたりはしない」
「本当にそれだけ?」
「……」
「キラは渡さないよ」
言葉を吐き捨てると、アスランは瞬く間に消えてしまう。
変な輩に目をつけられたと思いながら、剣を鞘にしまう。
「また遊びにくる」とキラに言ってしまったし、アスランとの衝突は避けられないだろう。
だが、そんなことも自然と嫌な気はしなかった。
翌日もキラはとてもご機嫌で、お湯を沸かしていた。
イザークは自分を狩りに来て以来、頻繁に顔を出すようになった。
一度はまた来ると言ってくれたが、それ以降は何も言わずとも足を運んでくれる。
気を遣ってくれているのかもしれない、どちらにせよその気持ちが嬉しかった。
これがもし、恋というならば、彼に頼みたい。――心が晴れないたった一つのことを。
ノックが聞こえて、キラはドアを開けると同時に押し倒される。
顔を上げると見慣れた顔に微笑みそうになるが、ぎゅっと唇を摘むんだ。
「シン?」
「みつけた、キラ・ヤマト……」
シンは以前、街で暮らしていた時に知り合った子供だ。
両親と妹がいて、よく食事に招いてもらい、彼の母親にはとてもよくしてもらっていた。
キラが魔女だと知れ渡ると父親が嫌な顔をして寄りつかせてもらえず、それ以降は連絡は取っていない。
「シン、苦しいよ……」
「今、罪を償って貰う!痛めつけて苦しめて……その後に殺してやる!」
急に首を絞めていた手を離されると、キラは一気に空気を吸い込んだ。
背格好をみれば、まだ15、6歳の少年だ。
この力は何処からくるのか想像出来ない。
「どうして……」
「どうして?俺の家族を殺したのはお前のようなもんだろ!お前を殺すためなら何だってするさ!悪魔とも契約した」
「血、の契約?……そんな」
整った顔立ち、赤い瞳から滲み出ている憎しみにキラはただ怯えるしかなかった。
震える唇にそっと口づけされれば、鳥肌が立つ!
突き放そうとしても思ったように体は動かず、それどころか力さえ出ない。
「好きでもない奴に抱かれるのはどんな気分なんだ?継承の件、困ってるんだろう?」
「シン、やだ!!」
最終手段、妖術を使おうとするが――発動しない。
「術は使えない。特殊な結界を施しておいたから」
シンはキラの服を捲りあげると、白い肌と膨らんだ胸が露わになる。
胸を捕まれると「ひっ!」と声を上げたが気に止めることはなかった。
愛撫されれば甘い声を出していまいそうで、唇を噛めばキスをされた。
「シン、やめて……あの人が……きちゃう…」
恐怖と行為で、今のキラはそう呟くのが精一杯だった。
「あの人?」
ピタリと愛撫する手が止まった。
「不粋なことをしているな、悪魔」
その声に気を取られたシンは後ろから首筋に剣を突きつけられていた。
すぐに剣で首をはね飛ばそうとするが、シンは一瞬にして消え、再び現れる。
「どうやってここへ?結界を張っておいたはずなのに」
「俺とて術の一つや二つは使えるんだ。大丈夫か、キラ」
「うん……イザーク、ありがとう」
「悪魔は魔女とは友好的な関係ではないのか?」
「俺は血の契約を交わし、悪魔になったんだ!種族交流なんて俺には関係ない」
「フン」
シンの赤い瞳を輝かせると、背中には漆黒の翼が生える。
イザークは鼻で笑うと、自分の上着はキラの肩に掛けた。