01

本国より少し離れたプラント・アーモリーワン。
つい最近まで起こっていた戦争を忘れさせるような活気の中に、キラもいた。
カードに書かれた名前をぼんやりと見つめる

××・××××――

ハッキングが得意なキラにとって、“こんなこと”は朝飯前だった。
その技術を使って、適当な偽名とIDを作り、こうして生きている。

一緒に戦った仲間……というのだろうか、別れたのは今から一年半ほど前のこと。
血眼になって探しているようだが、キラも馬鹿ではない、足取りは全て消していった。
建前は、自分に一緒にいることで彼らにも危険が及ばないとは限らない。
そう、ブルーコスモスが狙っている。
その建前で十分、仲間から離れる理由になった。

まだ――僕はこうして、逃げて逃げて逃げ続けている。

街は想像以上の賑わいで、キラは辺りを見回した。
人混みが嫌いなわけでもないし、警戒をしているわけでもない……ありえない感情だからだ。

たった一年前は核兵器が撃たれたんだぞ?!
沢山の人が死んだんだぞ?
実質前線に出ていなければ、生死の境などわからないだろう。
仲間が目の前で死ぬことなんてないだろう!
平和は望んだことなのに…それが気持ち悪い。

不意に、金髪真紅の少女と眼が合う。
――その直後、視界は一気に反転した。

「お前がキラ・ヤマトだな」
「はっ!意外に簡単だったじゃん!」
「ターゲットは捕まえた。行くぞ、ステラ!」
「わかった……」
先ほど、視線が合った少女がこちらに歩いてくる。
両手を背中の後ろ縛られ、そのまま3人に連れて行かれた。

ジープに乗り、難なくザフト軍の基地内部に侵入したと思ったらこういうことか。
キラは心底呆れ返っていた。
連中はザフトの最新鋭の機体を奪取しに来たのだ、逆をしようとしている。

光景をただ見ているだけで、抵抗はしなかった。
頭の中にあの人の言葉が蘇ってくるだけで、他は何も考えられなかった。
あんなに強く否定しても――これでは撤回したくもなってくる。

一斉に整備員に飛び掛り、銃声が響いたがすぐに静まる。
辺りに火薬が発火した独特の香りが充満して、鼻をついた。
キラを見張っていたスパイにドロップキックを入れて拳銃を突きつける――が相手は気絶していた。
いつでも外せた手錠と捨てると、来た道を走り出す。
それと同時に、キラも自分に拳銃を突きつけていた、スパイを蹴り倒す。

(人間に絶望していても、僕はまだ何かを守ろうと必死だった)

走って――走って、走る。
終わりは無く、永遠に走り続ける。

時間が止まらないように。
次の日がこない日などないように。
太陽が昇り沈むのが自然なことのように。

人間の争いが終わることなど、絶対に無い。

無くならないナチュラルとコーディネイターの争い。
それと同じようにキラも走っていた。
肺は大量の酸素を求め、足がヒシヒシと痛む。
(MSに乗らなくなってから、体力が落ちたなぁ……)
なんて余裕を持っても、額から流れる汗が現実を突きつけた。

ここがどこかはわからない…でも裏道を走っていることは確かだ。
曲ってから、大きな場所に出ることがわかったキラはスピードを上げる。

(よし!)
思った途端――キラは地面に尻餅をついた。
偶然歩いていた人と出会い頭ぶつかってしまったらしい。
「貴様、何者だ!」
「え?!」
ただの人ならまだ良かったかもしれないが、軍の施設内。
顔面に突きつけられた物は、人殺しの道具の名物でもない。

「大丈夫ですか、議長!」
「あぁ、私は大丈夫だ。それより彼は……」
議長と呼ばれた者は酷く驚いた顔をした、が、すぐに笑みを浮かべた。
まるで、会うのを楽しみにしていた――そんな顔だった。
「どうなさいますか?」
「彼は私の客人だ。一緒にミネルバへ連れて行く」
「ですが!……わかりました」
議長と一緒にキラはエレカに押し込まれた。
無視することは今までも何度かあったようで、周囲は思ったより慣れていた。

「あの」

「改めて名乗っておこう、ギルバート・デュランダルだ。コーディネイターの代表、とでも言っておこうか。出生・経歴・今までのことを大抵知っていると思っていい。キラ・ヤマトくん」
「!」
その言葉はあまりに衝撃的だった。
キラは、ある限りの手を尽くして、痕跡を消したつもりでも…虚しい気持ちに襲われる。
よくよく顔を見てみると、巨大モニターに映し出されている姿を思い出した。
政治家の顔に興味はなく、重要な内容なんて何度か聞く言葉の中に1つあれば良い方だ。

「君をどうこうするつもりはないから安心したまえ。だが、何故あんな場所に?」
「ガンダムを奪取するブルーコスモスに捕まって、連行される所を逃げ出しただけです」
「それは大変だった」
確かに他人だが、あっさり言ってくれたものだ。

キラは煙が舞い、炎が燃え上がる先ほどまで居た軍事施設を見ながら言う。
「全くです、あんな物をまた作るから。多分、あの人の言う通りなのかもしれない」
「あの人?」
「言ったんですよあの人は。“所詮人は己の知ることしか知らぬ”と」
「コーディネイターは進化したモノじゃない」
「では、何だというんだい?」
新しい玩具を見つけたような瞳で、デュランダルが聞き入る。

「確かに丈夫な体とナチュラルを超える技術を手に入れました。――でも思考は彼ら以下だ」

 

戦艦ミネルバに到着すると、すぐに個室に押し込められた。
デュランダルなりに気を遣ってくれたのかもしれない。
ベッドに横たわると、ただ瞳を瞑ったまま。
時折大きく揺れる震動が戦闘中だと示して、神経を休ませてくれなかった。

今は人殺しを見るよりも、独りでいることが苦痛だった。
大切な……2年前に星粒になった彼女と交わった夜を思い出しそうで身を竦めた。

しばらく震動がこなくなると、キラは起き上がった。
ドアのパネルを適当に叩いても、エラーと表示されて空きはしなかった。
エラーコードをじっと見つめてから、ボタンを軽く入力する。
通路の光が差し込んで、何日間も日に当たっていないような気がした。

通路を歩いても、全く人には会わない。
重力制御がしてあることを考えると、居住区なのだろうか。
戦艦と重力制御……アークエンジェルの中、取り残された錯覚に、首を振る。
歩くのを止めると、声が聞こえる。
そちらに近づけば大きくなる声が昔を思い出させる。

懐かしさと好奇心に駆られ、見てしまったのがまずかった。

「やはりそうなのか、お前達ザフトは!!」
「やめろ、カガリ!」
聞きたくなかった。
紛れも無い、仲間の声だ。

汗が全身から吹き出して鳥肌が立つ。
初めてMSに乗って、敵に囲まれて死ぬ思いで脱出した、あの恐怖に似ている。

MSで沢山の人を殺した。
友達が殺された。
親友と殺しあった。

「そこに誰か居るの?!」
女性の綺麗で高い声が、キラを震え上がらせる。
段々と近づいてくる影に釘付けになった。

(僕は、どんな顔で君を見ればいいんだろう……)

「キラ?」
「アスラン」
「キラ、なんでこんな所に?!皆、心配していたんだぞ!ラクスも、ディアッカもイザークも!」
「……」
「今まで、何をしていたか、話せ!」
「話すことは何もないよ。今、僕が話したいことは何もない」

捕まれたままの腕がやけに熱い。
元から美男子で大人っぽかったけれど、暫く会わないうちに、より幼さが消えて青年になった気がする。
アスランが泣きそうで枯れた声で叫ぶ姿に、目を細めた。