01 It looked like rain.

雨音が降り注ぐ真夜中、クリステルは歩いていた。
大聖堂で行われたミサに参加していたら、こんな時間になってしまった。
大雨で大聖堂に非難してくる冒険者もいて、ミサが終わったから「さぁ帰ろう!」とはいかなかった。
生憎傘もなければ実用的な魔法(それなりの支援5・治癒・退魔魔法が使えるだけ)が使えるわけでもない。
こんな捻くれた人間が聖職者なんて、神は相当頭がいってしまっているらしい。

ルーンミッドガッツ王国首都・プロンテラの朝は早く、そして夜は遅い。
実は朝も夜もない。
朝から夕方までが一般人や商人の活動時間ならば、夜は表舞台に出ることがない闇が動き出す。
酒に溺れる冒険者もいれば、法に触れる取引も行われる。
自分が住居と選んだ場所は、裏社会の出入り口とも言われる裏道に近い場所にある。
普段は大通りへと遠回りして帰宅していたが、この時間帯ならばどこの場所も一緒だ。

クリステルは近道になる左側に道を折れ、狭い道を小走りで駆けていく。
前方も足元もちゃんと注意している、今も転がっていたゴミ箱を避けた。
注意していても、脇道から急に出てくるものまで把握しきれるはずもなかった。
「ったー。おい、!!」
またロスタイムで虫の居所が悪く、肩を掴んだら、相手が返してきたのはパンチでもキックでもなく――刃物だった。
顔面に突き刺さりそうな刃を避けて突き飛ばすと服に血液が付着した。
「怪我してるなら大人しくしとけよ、アサシンクロスさん」
「ハイプリーストか。殺したら職業ギルドの輩がうるさいところだった」
「そっちがぶつかって来たんだろ?! うちのギルドの連中が、どう吼えようがそっちの責任だろう」
「……わかった」
急に鼻につく悪臭がして、毒ということに気づく。
アサシンクロスはジェムストーンで扱うより、高度な――即効性かつ猛毒の扱いに長けてるという。
胸焼けがして吐きそうになっても、ぐっと堪える。
唾を飲み込んでも変わりもしない、逆に気持ち悪さが増した気がした。
「セイフティウォール!!」
大きな音を立てて攻撃を防いだが、壁はいずれ消滅だろう。
セイフティウォールを抜けてきた突きを、咄嗟に手元にあるバイブルを盾にすると、見事に刺さった。
そのバイブルの背表紙を、相手の頭に叩きつける。
落とした短剣を思いっきり蹴って、手元から武器を無くす。
そのまま動かなくなったアサシンクロスを見て、大きく息を吐いた。
「ふーっ」
偶然このアサシンクロスが弱っていたことが幸いだった。
忘れかけていたバイブルに刺さったナイフも抜いて、道端の隅に捨てる。
(オレの3万ゼニーが!!)
裏表紙まで貫通しており、覗き込めば転がっているアサシンクロスが丸見え。
それ以上に雨に濡れたせいかページが滲んだりしているところもあって使い物にならなさそうだ。

我が家はすぐそこだ。
アサシンクロスを抱えるというよりは、引きずるような形でその場を去って行く。
さっきまでの雨足が嘘のように小降りになって、舌打ちで我慢してした。

 

葉っぱから水滴が落ちる。
昨夜の大雨から一転して見事な快晴。
クリステルは半分ほど実を食べ終わると、ベットに横たわるアサシンクロスから視線を外した。

外傷は腹部だけだが、出血も多く深くえぐられていた。
短剣や鈍器でもあそこまで傷をつける為には、不意をつくか、何度も同じ箇所を攻撃しなければならない。
馬鹿でも一度攻撃されれば間合い取る。
暗殺業のプロのアサシンクロスがそんなことを許すとは思えない。
ヒールのみで完治することは出来ず、麻酔だけ施しておいた。

椅子の背もたれにぐっと寄りかかると先ほど食べた実を戻しそうになる。
意図的に部屋の空気を“悪く”しているとはいえ、ろくに睡眠を取れなかった体には毒だ。
ふと、アサシンクロスの顔がこちらを向いたので見つめ返す。
「起きてるだろ! 絶対起きてるだろ!!」
「ここはどこだ」
「俺の家」
体を起こすとかけていた布団がずれる。
目隠しをしているが、周囲の雰囲気には敏感らしい。
「なぜ、平気なんだ?」
クリステルは窓を開けると、窓辺に置いてある聖水と石を放り投げる。
ここは二階、数秒後にガラスの割れる音が耳に届いた。

絶対防御障壁――バジリカ。
内と外、完全に遮断するハイプリースト結界魔法だ。
成績がいくら悪いとはいえハイプリーストに変わりはない。
そこいらにいる冒険者が張る結界よりずっと出来は良い……と思う。
もし破るならばそれなりの準備は必要だし、それ以上に腕のいい術師を連れてこないと話にならない。

こんな大層な魔法を使ったのは部屋に連れ帰った後で、ようやく自分の過ちに気づいたからだ。
傷を負った状態で襲撃なんぞされたら、堪ったもんじゃない!

「ほら」
食べ掛けの実を渡すと、素直に口に運んだ姿をみて、頭を掻いた。

全て食べ終えた頃に
「イグドラシルの実、よく手に入ったな」
そう、声をかけられてクリステルは勢いよく冷蔵庫を閉める。
「あのな! ハイプリースト、なめてんのか? 普通に働いてれば、給料でも、ドロップでも手に入る」
フライパンに卵を割ると香ばしい音が広がる。
さっと目玉焼きを2つ作り皿に移してテーブルに置く。
「俺はクリステル。お前は?」
「なぜ、名前が必要なんだ?」
「俺の所属してる個人ギルドでパシリにさせようと思ってるからだけど?」
「……エイブラムだ」

テーブルを挟み、無言のままトーストを口に運ぶ。
クリステルはエイブラムを観察しながらトーストを食べていた。
イグドラシルの実や処置があったからとはいえ、こんな短時間で動けるようになるとは思っていなかったからだ。
仮に無理をしていたとして、全く身体を庇う姿や痛みを表情に出さない。
(考えすぎか?)
――ドンドン!! ドドドドン!!!
けたたましいノック音が聞こえ、2人の視線はドアに釘付けになった。

永遠とノック音は続いており、いつか扉が壊れるのではないかと思うほどに煩い。
「~~っランス!! 近所迷惑だろうが! 鍵なら開いてる!」
「え ?あ! ……おはよう!」
「おはよう、じゃねーよ!」
何食わぬ顔で入ってくるのがイライラする!
初めてこの騒音を聞いたのはギルド「Prizm」に所属した次の日だ。
クリステルの加入を一番喜んでいたのがランスロットだった。
それからお互いプロンテラにいる間、この騒音はほぼ毎朝聞いている。

ランスロット=ベイン、それが彼の名だ。
肩から流れる赤いマント、額に輝くミストレスの王冠。
微笑む姿は優しく頼れるロードナイトの姿そのもの。
「今日は人が一緒だなんて珍しいな! クリスにダチができて、俺も嬉しいよ!」
「友達でもなんでもない。ただ拾っただけだ」
嫌味かと一瞬疑ってしまう――いや、彼は心から思っている。
こんな調子のおかげか周囲の評判はなかなか上がらない。
ただ騎士としての腕は一流で、王家直々の依頼も少なくない。
「俺のギルドメンバーのランスロットだ」
「ランスロットだ。長いの面倒だから、ランスで! えーと……」
「エイブラムだ」
エイブラムに出したはずの2枚のトーストはいつの間にか消えており、他に出したサラダも器から無くなっていた。
この漫才のような光景を傍目に食べていたらしい。
握手を求めて出したランスロットの右手は――
「よろしくな、エイブラム」
「ああ」
虚しく、握られることはなく、ランスロットは苦笑いを浮かべた。

クリステルが窓から身を乗り出すとペコが鳴いた。
ランスロットが乗っているペコペコ・アレンだ。
バスケットからリンゴを1つ掴み、アレンに投げると上手く口に入る。
「クエー!!」
嬉しそうな鳴き声が辺りに響いた。