レッティに連れらて来た場所はボンゴレ本部でも随分とセキュリティが厳しい場所だった。
認証には全てカードから指紋・そして眼球まで使われ、綱吉には先になにがあるか、誰がいるか想像もつかない。
モレッティは「この先に会わせたい人がいる」とだけ告げ、仕事があると帰ってしまった。
厳しいセキュリティの最後の扉だけは木製の扉。
ドアノブを捻り、扉を開けると窓からは燦々と太陽の陽射しが差し込んでいる。
殺風景の部屋が広がりベッドが一つだけ。
「むく……骸!!!」
ベッドに横たわっていたのは一番心配した謎多き“元囚人者”。
駆け寄るると外傷もなさそうで、ただ静かな寝息を立てているだけ。
(良かった……九代目が出してくれたんだ!)
ベットの掛け布団を握り締めて顔を埋めると自然と涙が流れる。
「……つ、なよし……くん?」
いつもの名前を呼ぶ声に涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげるとぼんやりとした表情の骸と視線が合う。
「僕は、また精神意識世界にいるんでしょうか……もうあの世界でも君に会えることはないと思ったのに」
「なに寝ぼけたこと言ってるんだよ!!」
綱吉は乱暴に骸の手を掴んでしっかり握る。
牢に入っている時間が長く、そして特殊な能力を持つ骸の悪い癖だと思う。
現実と幻の境目がまだ解かっていない。
「ちゃんと、手が触れてあったかいだろ? クロームの身体の時だって同じかもしれないけど」
「お前の身体で感じてるだろ!」
骸は握られた手を見るとぎゅっと握り返す。
「これは、本当に現実なんですね」
もう片方の手で身体を引き寄せ腕に閉じ込める。
綱吉の頬に何かが伝った気がした、きっと涙だろう。
「――それでを話していただけませんか?」
「あのな、お前が一番良くしってるんじゃないのか?!」
お互い落ち着いたようで綱吉はベッドの横にある椅子に腰掛ける。
「お前がここの所、オレの所に通ってたのは処刑のことを知ってたからじゃないのか?」
「ボンゴレ九代目から聞きましたか……。ええ、僕はその情報を知ってました」
「なんで言わなかったんだ!」
骸は綱吉から窓の外に広がる林へ視線を向ける。
「綱吉君に要らぬ心配をかけたくなかったと言えば嘘になります、ただもし死ぬなら君に会っておきたかった」
(本当にそういう所は素直じゃないな……)
「ですが、僕が牢から出ているということは何かしらのことをしたのでしょう?」
すぐに核心を突かれ、やっぱり骸なんだなと安心してしまう自分がいる。
「その、九代目に牢から出して欲しいってお願いしたんだ」
「そうですか……ありがとうございます」
優しそうに微笑んだ骸の表情に安心感を覚えるが次の瞬間には壊される。
「夜な夜な枕を涙で濡らして想いを抱いていてくれたんですね、嬉しいですよ綱吉君」
(あながち間違っちゃいないけどさ~!!)
「寝言は寝てから言えって……」
ついつい本心が口からポロリと出たがその発言は骸が目を瞑ってくれた。
「でも、今日始めて自分が生まれてきてよかったと思いました」
「骸、あのさ」
「何ですか綱吉君」
(やばい、言うの恥ずかしい)
「あー……でも何で生まれてきて嬉しいって思ったんだよ、牢から出られたから?」
「確かにあそこから出れて嬉しいです。それ以上に目覚めた時に、君に、綱吉君にあえたことが幸福です」
恥ずかしくて言えない言葉を逸らす為に適当に振った話題のはずなのに!
それでも逆に恥ずかしい台詞を言われて撃沈しそうな自分がいるが、しっかりしろと理性と繋ぎとめる。
「その、オレ、骸のこと……好きなんだ!」
今、自分はどんな表情をしているのだろうか。
解かることは生きてきた中で一番恥ずかしい台詞を言っているということ。
そして、意識すればする程に頬が熱くあるのを感じた。
「……」
(え、無反応?)
様々な考えが交差する中、綱吉は俯き加減で骸の顔をみると明らかに驚いた表情をしている。
「まさか……君が言ってくれるとは思ってませんでした」
少し切なそうな笑顔をしてしまったのを見て綱吉も悲しそうな顔をするがそれは明らかに誰かを乗っ取ったり借りた身体での感じたものじゃない。
だからなのか、骸は実感した。
ダイレクトにこの心に感情と相手の気持ちが流れ込んでくる。
「クフフ……凄く嬉しいですよ」
「あ、そういえば……オレ明日、日本に帰らなきゃいけないんだ」
これも骸に言わなければいけないこと。
先ほどと違い、それは想定したとおりとでもいう所で表情が崩れることはない。
「でしょうね。綱吉君はこちらにどれ位居るかはわかりませんが、あのアルコバレーノが許しておくとは思えません」
「お前な、一応許可もらってきたっつーの!!」
クハハハハハと笑う声が聞こえていつもの骸のペーズに乗せられる。
それが嫌ではないし、逆に嬉しく思える。
「それと……」
綱吉がポケットから出したのはカッターだった。
「綱吉君、それで何する気ですか」
さすがにその行動に骸も心配して冷や汗をかきながら問うが、それに綱吉は答えない。
そのカッターで親指に刃を当てようとした瞬間に、骸は何をしようとしたか理解した。
「綱吉君!」
名前を呼んだ時には刃は肉を裂き、赤い血がベッドの白い布団へと滴る。
「骸、親指出して」
「…………」
「いいから出して!」
声につられ眉を額に寄せながら骸は親指を差し出す。
その間にも綱吉の親指からは手を伝い、布団へと血痕を残す。
「骸がマフィアを憎んで嫌ってるのは知ってる……。オメルタの掟っていうのはよくわからないけれど10個約束ごとが出来るっていうのも聞いた。リング争奪戦の時だって一緒に戦って助けてくれた、仲間を逃がす為に自分が囮になった。クローム髑髏にだって、自分の幻術で命を授けた……だから優しい奴ってわかってる。あの二人だって骸にだって淋しい思いはさせない。これはマフィアになるっていう儀式じゃない、“家族”になるんだからな!」
言いたいことを言い終わって綱吉は深呼吸すると「綱吉君、それ貸してください」と声が聞こえた。
何だろうと思った瞬間にはカッターは骸の手に収まり、そして骸の親指にも赤い血が流れる。
それを再び綱吉の親指に重ねる。
「綱吉君が誓うなら僕も誓いましょう。君とずっと共に居ると」
何週間ぶりに帰ってきた日本は何も変わっていなかった。
獄寺には激しいスキンシップをされて、山本はいつもの笑顔で迎え入れてくれた。
母親も「イタリアへの留学はどうだった?」なんて頓珍漢なことを聞いてきて驚いた。
何も変わらない日常だった。
チャイムが鳴るとぞろぞろと、いつもと同じメンバーで教室を後にしていく生徒たち。
「十代目、帰りましょうか!!」
「うん」
山本は今日は野球部の放課後練習があると言って荷物を持ってすぐに教室を出て行った。
綱吉は出された宿題の分の教科書とノートを鞄に入れて席を立ち上がる。
校門を潜ると同時に獄寺の足が止まり服の中をあさり始める。
青ざめた顔をしたと思うと地面に頭を擦りつけながらの土下座を始める。
「……っ十代目、申し訳ありません! 自分で誘っておきながら、今日は一緒に帰れないんです」
獄寺が綱吉を十代目と慕い護衛を兼ねて登下校していたがそれが出来ないというのはよっぽどの理由なのだろう。
骸の件もあり、不安になった綱吉は理由を訊ねる。
「何か、あったの?」
「いえ、自分としたことが、ダイナマイトが底をつきそうなんです! これではいざという時に十代目をお守りすることが!!」
なるほど!と合点したものの、登下校中に襲われることなんてあって欲しくない。。
「そうだね、ダイナマイトって使い捨てだもんね。買ってくるといいよ」
「十代目ありがとうございます! 明日は必ずお供しますから!!」
笑顔で送り出すと、上機嫌の笑顔を残して颯爽とその場を後にした獄寺を見て元気だなと思えざえるおえない綱吉だった。
空を見上げると快晴、雲一つない天気。
イタリアから帰国してあっという間に一週間が過ぎた。
リボーンから課題が出されるのも、学校へ行くのも普通になった。
こんな日常があとどれぐらい続くのかという疑問とイタリアで療養していると思われる骸。
ちゃんとご飯食べているのかな
また反対派の人に捕まっているんじゃないか
九代目に迷惑をかけてないか
本当に 元気なのだろうか
考えだせばキリがない
どこかで骸が生きているならそれで満足している自分がいる
家へ向かっていると途中で不意に声を掛けられる。
「すいません、少しお伺いしたいことがあるんですが……」
「え、はい?」
(地元の人じゃないのかな?)
そんな疑問を抱きながら振り向くと、自分よりずっと身長が高くてパイナップルのような髪型。
右目に宿る“六”の文字。
骸だと認知しても反応出来ない。
「むく、ろ……」
「こんにちは綱吉君、声の掛け方がベタ過ぎでしたか?」
綱吉は疑問に思いながらその問いには答えずペタペタと骸の腕を触ると確かに感触がある。
(幻術じゃない、じゃあクローム髑髏に身体を借りたのか!?)
「幻術でもクローム髑髏でもないですよ?」
「へっ?!」
「声に出てましたよ」
(うわあああああ~~!!)
咄嗟に口を押さえても時既に遅し。
「クハハハハ!! 相変わらず君は可愛いですね」
「本当に骸なんだな、よかった!」
以前と会った時と同じ黒曜中の制服に身を包んだ骸は、雰囲気が変わった気がした。
綱吉は何かに溶かされたような優しい微笑みを見てドキリとする。
「ええ、六道骸です。犬と千種とクロームにも会いました、三人とも綱吉君に感謝していましたよ」
「でも日本に来て大丈夫なの?」
「問題ありません。一時でも綱吉君の傍に居たいですから。それにボンゴレ九代目がこれからの生活については保証してくれました」
「そっか……」
9代目に迷惑を掛けたばかりか、自分の守護者までもの世話をさせてしまうなんて。
もし次に会う機会があったら頭が上がらない。
「綱吉君、僕のどこが好きなんですか?」
「はぃ?!」
嬉しそうに笑う骸を見ると怒りが込み上げてくるが、復讐者の牢から出したのは紛れもない自分だ。
「牢から脱獄して仲間を逃がす為に自分が囮になるなんて、オレには出来ないと思った。最初は怖いやつと思ったけどそうじゃなかった。最初は苦手だったけど、会うとなぜかほっと……!?」
途中で骸の唇が重なる。
突然のことで、骸の胸板を叩くが解放する気配はない。
それから少ししてから唇が離れると、まるで水に溺れていたように綱吉は呼吸を整える。
「お前な、何するんだよ!!」
「それだけ聞ければ十分です」
顎を持ち上げられて骸のオッドアイを見つめるのが恥ずかしい。
「誓いを守りに来ました。――君と生涯、共に生きるという誓いを」
林檎のように染まった顔を見られるのも嫌で抱きついても骸は何も言わない。
骸も抱き返していつものように手を握った。
次こそこの手は離さない