「ボス……」
珍しいと思いながら綱吉は振り返ると大人しい彼女の姿はどこにもなくオッドアイの男。
「骸……おまえなぁ、クロームに負担かかるだろ?!」
「クフフ、そう言われても君に逢いたくて仕方ないんです」
骸はそっと綱吉の手を握る。
( また だ )
ここ最近、骸は頻繁に綱吉の元を訪れる。
それは朝・昼・晩問わず現れて、会話をする前に必ず手を握るのだ。
必ず、握る。
最初は(一応)警戒で注意したが何かすることもその行為を止める気配もない。
「骸、どうしたんだよ……最近オレの所に来てばっかりじゃないのか? それに手、止めろって言っただろ?」
困ったように視線をお互いの手に持っていくと、初めて握られた時より恥ずかしく感じる。
今見ればそれは“恋人繋ぎ”というものだ。
(もしかしてイタリアってこの繋ぎ方が普通なのかな)
再び骸の顔へ瞼を向けるとそこに先程にはあった余裕が消えている。
「ならば、何故振り払わないんですか?」
「え」
「嫌なら振り払えばいい。僕が冷たくて淋しい場所にいることを知っての同情ですか?」
「違う!」
そう言った瞬間に綱吉は真っ青になった顔で瞳を開く。
真っ青になったのは骸に殺気を向けられたからで、瞳を見開いたのは別の意味。
違うと言った瞬間、咄嗟に指が絡まった手を振り払おうとした。
力めば振り払えるわけがないが自分が力を加えたわけでもなく、逆に骸が力を加えているわけでもない。
不思議に繋いだ手を見れば綱吉の手だけが震えている。
まるで振り払う行為などしていない、振り払おうとしているのはお前の脳内だけだと言うように。
その震えは手から全身へと広がり怯える小さい兎のような綱吉をそっと骸は自分の腕へ押し込める。
「ッぅぶ……!」
突然のことで綱吉は骸の胸板に顔面をぶつけ、ムードもあったものではない。
骸にはその反応が愛おしくてたまらない。だから虐めたくなる。
「本当に君は雰囲気が読めない人間ですね」
「っ~~~……煩いな!突然のことだったんだから!」
「貴方の心を傷つけるつもりはないんです、すいませんでした」
繋がれている自分の左手と相手の右手。
そっと、手首にキスを落とされるとその光景があまりに骸に似合いすぎていて同じ同性なのにドキリとする。
彼が泣いているように見えたのはきっと気のせいだろう。
あ
「こんばんは、綱吉君」
「骸……」
机にぐったり倒れながら窓からの侵入者を綱吉はじろりと睨む。
(せめて玄関から来て欲しいよな)
とは思うものの、時計を見れば針が十二時前で押しかけにも程がある時間だった。
今日も風紀委員長雲雀恭弥に追いかけられたり、リボーンから出された課題が溜まっていたりする。
課題はやってもやっても減らない。
「勉強、ですか……ボンゴレのボスは大変ですね」
その後クフフフといつもの笑い声が聞こえたような気がした。
「他人のことだからそう言えるんだ……見て状況解ったなら帰れよな」
最後の力を振り絞り、へばりついていた机から起き上がる。
このまま寝てしまいたいが明日の朝に課題が減っていないとリボーンから渇を入れられるのが想像付く。
「折角綱吉君を訪ねて来たのにつれないですねぇ」
「!……むく、ろ?」
今の発言はお互いに気にかかった。
一人は自分で発言した筈なのだが咄嗟のことで口に出してから思考が纏まる。
「どうかしましたか?」
じっと見つめた瞳は数秒間骸のオッドアイをぼんやり見つめたまま。
「あ……いや何でもない、今の台詞前にも言われたような気がしてさ」
「人間は何億と居るんですから似たようなせり、「違うんだ」
「骸に言われた、ような……」
その表情は必死に過去の記憶を確かめているものだと察する。
「と言われても“貴方”とはつい最近出会ったばかりなんですけどね……」
的確な突っ込みに綱吉は顔を真っ赤にして言葉を失う。
「そうだな、そうでした!!!」
(オレ、絶対に課題のやり過ぎで疲れてるんだ!)
「それより今日の用事はなんなんだよ」
「用事がないと綱吉君に会いに来ては駄目だと?」
「そういう訳じゃないけどさ、その技お前にも負担掛かるってリボーンが…………」
骸は純粋に驚いたようで綱吉を見る。
「オレはクロームも心配だけど、お前だって心配なんだよ」
「君はどうしても僕の心を奪いたいようだ」
「?」
「いいえ、何でもないですよ。用事は君に御休みのキスを贈りに」
「な、何言ってるんだよ!?」
骸は綱吉を抱えてベットに下ろすと部屋の電気が消える。
カーテンは閉まっておらず、微かな街灯と月の明かりが部屋へと差し込む。
綱吉の前に片足を付いて跪く。
そっといつものように左手を握られると骸が目の前にいるんだと実感した。
いつもの自分の部屋なのに居る人間が違うだけで、ソワソワして落ち着かない。
「綱吉君」
言霊は自分の全てを包み込んでしまうような甘さ。
顎に手を添えられてからは一瞬だった。
たった一瞬の接吻。
それと同時に綱吉の視界は歪み、途切れる。
「良く眠れるおまじないですよ」
ニコニコと嬉しそうに隣を歩く骸を見て綱吉は無償に悲しくなった。
ここ数週間、獄寺と山本と三人で一緒に登校するのは毎日だったが下校する頻度は数える程にまで減った。
獄寺は骸を見れば果てろの一言でダイナマイトを放つだろう。
そんな恐怖に怯えながら、いつも二人で帰宅する。
「骸~……お前、本当にいつまでオレの所に通うつもりなんだよ」
「ずっとですよ? 綱吉君が死ぬまで、です」
「え?!」
「おやおや、そんなに嬉しいんですか?」
奇怪な声を上げたのだが、それをどう取ったら嬉しい悲鳴に聞こえるのだろうか。
(コイツ、寝てないのに寝言、言ってるよ!!!!)
「それとも、しつこいと思いましたか?」
“何言ってんだよ”と軽く返そうとした綱吉だったが、立ち止まった骸の表情は真剣だった。
「しつこいっていうか……確かにお前のここの所、来る頻度は異常だけどさ」
骸はその言葉に反論することもなく、ただ聞いている。
一方の綱吉は今の自分の発言に困惑しながら、頭を抱えたり真っ青になってみたり。
その一つ一つの表情が愛らしい。
「だからな最近獄寺くんと山本たちと帰れてないから心配してるだろうなって思ったんだよ……って骸聞いてた?」
急に自分の首を締め付ける骸の右手。
すっと伸びてくる手に警戒心など全くなかった。
またいつものように手を握るだけだと信じていた。
「…………っ……むく、」
だが本気で命を奪おうとする程の力でもない。
「君は僕だけの……」
聞き取れない言葉と同時に、突然綱吉の肺へ空気が流れ込む。
数秒で呼吸を整えると綱吉は涙目で威嚇する草食動物のように可愛らしく睨み付ける。
「むくろぉおお~…………何するんだよ!」
「クハッ! 少しお遊びが過ぎたようです」
「そっか」
それ以上綱吉は何も追及することはなかった。
まるでブラッドオブボンゴレのみが持つ超直感を使ったように。
「そろそろ僕も用事の時間なので失礼します、綱吉君」
「うん、またな骸!」
いつもと変わらぬ笑顔、普段はない首の痣。
そんな彼を骸はオッドアイに焼き付けた。