((嬉しかったなぁ……))
呟いた君に見惚れて「綱吉」と声を掛けようとしたら、憤りを感じる視線で返されて思わず正面を向いた。
10年前はあんなに頼りなくて何も1人じゃ出来ないただの小動物だったのに、手を離したらすぐに遠くへ行ってしまう。
それはこの10年間で幾度となく感じたことだが再確認させられた気がする。
屋敷の前で車を止めれば、綱吉は直ぐに降りて「おやすみなさい」とだけ言い残した。
それが昨日の夜3時の出来事。
雲雀がいつもより遅く目を覚ませば時計は9時を回っていた。
基本、ボンゴレの仕事は深夜まで仕事が食い込みそうなときは翌日の仕事は休みのことが多い。
どうしても外せないものは午後からで、守護者含め所属している人間でローテーションを組んで急な仕事さえも入れない徹底ぶりだ。
少しでも身体、そして精神的に滅入らせない為である。
それは我らのボスである沢田綱吉のささやかながらの気遣いなのだ。
黒いスーツに着替えてすぐに携帯電話が鳴り出す。
通話ボタンを押しながら耳元に近づければ風紀財団の補佐を勤めている草壁だ。
すぐに会話は終わり、ポイッと電話をベットにめんどくさそうに放り投げて部屋を出た。
今日の夕方にはイタリアを発つことになるだろう。
雲雀は確かにボンゴレ・雲のリングの守護者ではあるが、そこが居場所ではなくあくまで綱吉の隣。
この本部にある小部屋は必要ないと言い張っていたのを綱吉がしっかりキープして鍵を渡してきたのだ。
今となっては通う距離と時間が減っていたのでそこまで読んでいたのだろうか。
廊下を歩いて曲がり角に差し掛かると声が聞こえる。
「だからさ……」
聞き間違える訳がない愛しいあの子のものだ。
一秒もしないうちに
「クフフ、そうですか」
と相変わらず耳障りで忌々しい単語が聞こえてくれば、一瞬で早足になり2人の姿が見えればギラついた瞳で睨む。
「おやおや、旦那様がいらっしゃったようですね。愛人はこれで退散しますよ」
そういった骸に、綱吉はクルリと身を翻すのを阻むように手前で書類を無言で差し出す。
これに応えるように無言で受け取ったら、いなくなったかのように“消えた”。
「おはようございます、ヒバリさ――!?」
言葉を聞かず、無理矢理壁へ綱吉を押し付けて顔を固定して唇を見つめる。
「キスでもされたわけ?」
「骸にですか?されるわけないですよ!」
さっきの愛人っていうのをまた気にしてるんですか?と続けたがそれは雲雀の脳内には届いていない。
そのまま唇を重ねようとするが、グッと腕で押し返されれば叶わない。
「オレは変な勘違いしたりはしますけど、でも……雲雀さんと自分の関係を一度も疑ったりはしません!」
強気な発言なのに、感極まって涙は抑えきれなかった。
雲雀は手を離し、優しく抱きしめて「ごめんね」と言った。
甘栗色の髪に顔を埋めながら思う。
昨晩の車や先程の態度が、人懐っこいこの子の首をどれだけ絞めていたのか。
10年前も恥ずかしながら姿が見えれば名前を呼びながらすぐに飛んできた。
「ごめんね」
1回だけ頭を撫でてから唇を重ねれば綱吉は抵抗することはなかった。
仲直りのキスは10年前と変わらずいつも甘いのだ。