愛憎イタチ種
初恋シーン
イタチは里の中心から少し離れた森の中に居た。
今日は任務がはいっていない。
任務の無い日は家にいるのが普通だろう。
しかしイタチにとっては家にいるのは癒しの場でも何の場でも無い。
外の空気を吸っていた方が良かった。
ふと、イタチは気配に気がつく。
気配のした方を見ると、まだ幼い少年。
顔には殴られたと思われる痕、血も出ていた。
もしかしたら放っておいても良かったのかもしれない。
イタチはそっと近づいて話しかける。
「どうかしたのか?」
「……」
その少年は何も答えない。
イタチは1つ溜め息を付くと、ハンカチを取り出して少年の膝に付いた血を採ろうとした。――が。
「駄目だってばよ!!」
膝に数センチという所でイタチの手が止まる。
「あ……ゴメン。オレに触ると感染るから」
「感染る?」
「うん……。感染っちゃうんだって」
少年は寂しそうな瞳をしながら言う。
イタチはそれを見て、再び膝の血を拭き取ろうとする。
「だからっ……駄――」
「感染らない」
「え?」
少年は自分の膝を見る。
膝についていた血は、綺麗に拭き取られていた。
一方、イタチの様子は何も変わらない。
「何もうないだろう?」
「うん!そういえばお兄ちゃん、誰だってばよ?」
「イタチ。うちはイタチだ」
「イタチ?オレはうずまきナルトだってばよ!」
笑顔が眩しかった。
今思えば、これが初恋だったのかもしれない。
口説き文句
イタチがナルトと出会って1週間が経つ。
あれから任務の合間を見てはナルトの所に行っていた。
「あ、イタチ兄ちゃん!」
ナルトはイタチを見ると一目散に走ってきて抱きつく。
「ナルト」
「ねぇ、イタチ兄ちゃん!」
上目遣いでナルトがイタチの顔を見上げる。
「何だ、ナルト」
「オレ、イタチ兄ちゃんとけっこん、するってばよ!」
イタチの表情が固まる。
「ナルト、そんな言葉、誰から……」
「じっちゃんに報告しに来た人が――」
「火影様、私たち結婚します!」
「そうか、めでたい事だの、幸せにな」
「はい、ありがとうございます!」
イタチにはまだ謎が残る。
「じっちゃん?」
イタチはオウム返しのように聞き返す。
「じっちゃんは偉い人なんだってばよ。“ほかげ”って奴!」
「火影様?」
「うん!!でね、オレはイタチとけっこんするってばよ!!」
「ナルト、結婚は簡単にするもんじゃない」
「イタチ兄ちゃんはオレの事嫌い?」
上目遣いで見ていたナルトの瞳が潤む。
「いいや。嫌いじゃない」
「ホント?!」
「あぁ。もう少し、大きくなったら俺と結婚しよう」
「うん、約束だってばよ!」
イタチとナルトは指きりをした。
KISS is
「イタチ兄ちゃん……?」
「ナルト、まだ起きてたのか?」
イタチは顔を上げてナルトを見る。
ナルトの家。
任務の帰りに心配になってナルトを見に来たのだ。
「イタチ兄ちゃん」
「ナルト、何かあったのか?」
「ううん。何でもないってばよ……」
イタチの目は誤魔化せない。
薄暗い中でも、ナルトの頬に切り傷がことに気づいた。
イタチはそれを見てナルトを抱きしめた。
「イタチ兄ちゃん?」
「ナルト。傍に居てやれなくてすまない」
「いいってばよ!」
そしてイタチはナルトの頬にキスをした。
ごめんね
悪い、ナルト。
すまない。
頭の中で繰り返される声と言葉。
聞いた事がある声なのに思い出せない。
そう、こんな薄暗くて少し曇っていた夜に見る夢。
ナルトはあまり夢見が良いとは言えないが、任務の為に着替えて集合場所に向かう。
「おはようってばよ、サクラちゃんー!!」
「おはよう、ナルト。それより……」
「何?」
サクラとナルトは少し小さい声で話す。
「サスケ君、機嫌悪いのよ……何かあったの?」
「う~ん……さぁ?」
最近は任務も普通にこなしていたし、不機嫌になる事なんて何もないはずだ。
ナルトはサスケに視線を移すと、確かにサクラの言うとおり周りの空気がピリピリしていた。
殺気だっているのが分かる。
ナルトにはその姿が誰かと――。
「よっ!」
「?!」
その瞬間、後ろにカカシが立っていた。
「か、かかかカカシ先生かぁ~……」
ナルトは少し冷や汗を掻きつつ、胸を撫で下ろす。
「じゃあ、誰だと思ったの?」
「え?いや……別に誰でもないってばよ」
それだけ言うとナルトはカカシから少し離れる。
「ねぇねぇ、カカシ先生」
サクラがカカシに言う。
「サスケ君、どうしてあんなに機嫌悪いの?」
「今日は――あー……サスケ、ちょっと来い」
カカシはひょいひょいと手招きしてサスケを呼ぶ。
「ナルトとサクラはちょっとここに居ろ。直ぐに戻る」
カカシはそれだけ言うと何処かへ歩き出した。
それに続いてサスケも付いて歩き始める。
「あ!サスケ――」
声が聞こえたのかサスケはナルトの顔を見たが、その顔にはいつもの余裕そうな顔は無く。
紅い写輪眼が出ていた。
「!!――ご、ごめんってばよ」
サスケは再び歩き出すと一気に寒気が襲う。
あの眼は――怖かった。
ナルト自身、あの眼をこんな間近で見た事なんて無い。
「悪かったな~」
「カカシ先生!あれ?サスケ君は?」
「サスケなら帰したぞ?今日は任務無し!って事で解散」
その発言でサクラはしぶしぶ帰って行った。
ナルトは何処へ向かうでもなく街の中心地より少し離れている森へ向かった。
「懐かしいってばよ」
思わず笑顔と言葉がこぼれる。
サスケを見た瞬間に重なった誰か、先ほどまで笑顔だったのに涙が出てくる。
「……ちにぃ……」
ナルトの知らない言葉が零れた。
これが居場所だ
「イタチにぃちゃ……」
満月の月夜の下。
小さな子供の泣き声が聞こえた。
ナルトは昨日石をぶつけられてた身体を治療していた。
治療といっても売られている絆創膏を貼っておくだけだが。
何故かは知らないが他の人間より回復が早い。
それでも1~2日は痛いものは痛い。
回復の早さをイタチに言っても「そうか……」としか返さなかった。
「ふぅ……」
1つ溜め息をついて台所にある冷蔵庫を見る。
中は空っぽ、思い出して戸棚を見ても大好物のカップラーメンも底を尽きそうだ。
いつもならイタチが買ってきてくれるのだが、長期任務で里から出掛けていた。
買い物にも満足に出かけられない。
それでも仕方なくナルトは家を出た。
一歩でも家から出ると聞こえる話し声。
「あれって――」
「それ以上は!」
「消えちまえよな」
それが嫌になってナルトはその場から走り去った。
逃げても問題は何も解決していない。
食料を買わなくては……裏道に回って商店街へと急いだ。
商店街に着き1件目の店でナルトはピタリと立ち止まる。
店の入り口に貼られた張り紙。
【金髪碧眼の子供 お断り】
「はぁ……」
ナルトは溜め息をつくしかなかった。
いつもの事だとは思うがここまで悪化すると凹まずにはいられない。
そして2件目の店へと行く。
またナルトは立ち止まる。
あの貼り紙。
チラリと他の店も見るが同じ貼り紙。
店の主がナルトの存在に気がついたのか店から出てくる。
「けっ!お前に売る物なんかないんだよ!」
ナルトは何も答えなかった。
ここで答えたら負けだ。
「この里にお前の居場所なんてないのにね」
そう吐き捨て、店の主はスタスタと中へ戻っていく。
里の人間にいくら酷い仕打ちをされても構わない、そう思っていたのに。
どうしてこんなに苦しいんだろう?
(イタチ兄ちゃんとは一緒にいちゃいけないの?)
長期任務から帰ってきたイタチは報告書を出してからすぐにナルトの家に向かった。
特に難しい任務でもないとの話だったが、その逆で自分だからこそ死ななかったものの……。
(上は何を考えてるんだ)
つい心の中で愚痴ってしまう。
ナルトの家に着くと窓にはカーテンで締め切られていた。
そして玄関のドアは半開き。
そっと空けて中に入るとナルトがベットの上で丸まっていた。
「ナルト」
「イタチ兄ちゃん……?」
その声は微かに震えていた。
「ナルト?どうしたんだ?」
「俺ってば、イタチ兄ちゃんと一緒にいちゃ駄目なの?」
「何故?」
「あのね、この里の中にはね。俺の居場所が無いんだって」
それを聞いてイタチは目を細める。
里の連中の行動は激しくなるばかり。
(どうしてなくならない?)
この子は九尾ではないのに。
何もこの子には罪は無いのに。
「ナルトは俺と一緒にいるのが嫌か?」
「そんなこと無い!!」
驚いて起き上がって、イタチと目が合う。
ナルトの瞳は赤く腫上っていた。
「なら俺の隣に居ればいい。ずっと」
「ホント?」
「ああ、ずっと居ればいい」
それを聞いてナルトの瞳から涙が溢れ出す。
イタチはぎゅっと、ナルトを抱きしめた。
譲れない部屋
「どうしてナルトは1人で暮らしてるんだ?」
ナルトの家に遊びに来ていた、イタチがふと思う。
「う~ん……今日、泊まっていってくれってばよ!なら教えてあげるから!」
こうナルトにねだられるとイタチも断れない。
「わかった。でもちゃんと教えるんだぞ?」
「いいってばよ!」
イタチは以前から不思議でならなかった。
里一番の忍、火影と面識があるナルト。
なぜナルトがこんな所で1人で暮らしていくのか?
火影の事だから直ぐにでも自分の屋敷に暮らさせると思っていた。
午前5時過ぎ。
ナルトはこそこそ起きて、イタチを起こしていた。
「イタチ兄ちゃん、イタチ兄ちゃん!!」
数秒すると声が返ってくる。
「……ナル、ト?」
「イタチ兄ちゃん、起きてってばよ!」
「ナルト……どうしたんだ?」
イタチは起こされた時間を見る。
「昨日、住んでる理由教えるって約束したってばよ!だから、こっち!」
ナルトはベットからおりて窓辺に行く。
そしてカーテンを開けた。
「綺麗だってばよ!」
カーテンを開けたと同時に差し込んだのは光。
山々の間から登る朝日。
「あぁ、綺麗だ」
「オレ、好きだからココに居るんだってばよ」
確かにナルトの家の窓から丁度、高い建物が並んで無い。
「でもオレってば、寂しくないってばよ!イタチ兄ちゃんがいるから」
朝日の光でナルトの笑顔がいつも以上に綺麗に見えた。
誇りの形象
「私の誇りはね!サスケ君それにカカシ先生!もちろんナルトも、よ?」
「可愛いこと、言ってくれるね~?」
「はぁ、カカシ先生ったら……ならナルトは?」
「オレもサクラちゃんと一緒だってばよ!サクラちゃんにカカシ先生に!あ、サスケもだってばよ!」
「……ウスラトンカチが……」
「それに――とっても格好良くて、強い人も入るってば!」
「イタチ兄ちゃんの誇りって何だってば?」
パジャマに着替えたナルトがベットでごろごろしながらイタチに言った。
「誇り、か。誇り……」
ぼんやりした瞳でイタチは言葉を繰り返す。
「無いんだってば?」
「いや、聞かれると思い浮かばないものだな……そういうナルトはあるのか?」
「うんっ!」
ナルトが誇りなんて年齢に合わないことをいうから、こんなにも気になってしまう。
ここではっきりしなければ、任務に支障がでるほど気になる。
「えっとね!イタチ兄ちゃん!!」
「?」
「だぁ~かぁ~らぁ~……イタチ兄ちゃんが誇りなの!だってイタチ兄ちゃん強いしカッコいいし優しいし!」
少しうつむき加減で言うナルトの頬は赤く染まっている。
「ナルト……!」
ついついそんな可愛い事を言われたら抱きしめたくなる。
「い、イタチにぃちゃ……!」
「そうか。ありがとう、ナルト。俺もナルトが誇りだ」
化け物が封印されていても。
里から憎まれ 恨まれても。
それでも。
笑っている、この子が。
「憎しみ=強さ」
ナルト、お前は憎まないのか?
にくむ?
そうじゃ。この里を。この里の者達を。ワシを。
なんでじいちゃんをにくむの?
憎めばお前のなりたい、火影になれるかもしれんぞ?
う~ん……解んない。
「イタチ兄ちゃん、憎むって何?」
夜、任務から帰ってきたイタチにナルトは問う。
それにイタチは何も表情を変えずに返す。
「急にどうしたんだ?」
「あのね!昼間、じっちゃんがね、憎まないのか?って聞いてきてね。それでね!憎めば、火影になれるかもって……」
表情には出さないがイタチは納得した。
いつも笑っているこの子供。
時折、この笑顔に耐えられないときがあるのだろう。
里はこの子にあんなにもひどい仕打ちをしているのに。
「なるほど。それで、ナルトは俺に聞いたのか」
「うん」
「ナルトには難しいかもな。それでも聞くか?」
「うんっ!」
ナルトは迷わずにすぐに返事を返す。
「人間の憎しみという気持ちは思った以上に強い力を持つ。だから火影様は憎めば強く……火影になれるかもしれないと言ったんだろうな」
「じゃあ、オレも憎めば強くなれるの?火影になれるの?」
こういう時、子供は純真だとつくづく思う。
「ああ、強くなれる。でもその代わりに大切なものは失ってしまう」
「大切なもの?」
「そうだ。俺も憎めば強くなれる――その代わり大切なものを失ってしまうんだ」
それを聞いたとたん、ナルトはイタチにすがりつく様にして言う。
「そんなのやだ!!イタチ兄ちゃんもじっちゃんも……みんな大切!だからやだ!」
「そうか……ナルトはそういう子じゃないとわかっているから大丈夫さ」
イタチはそっとナルトの頭に手を置き、頭を撫でる。
「ホント?なら約束する!オレは誰かを憎んだりしないって!」
「……いい子だ」
それを聞いてイタチはクスリと笑ってナルトをぎゅっと抱きしめた。
祈願成就
「うわー雪だってばよぉ!」
ナルトは深々と降る雪を窓から見ていた。
今日は12月31日。
今年も少しで終わろうとしている。
ナルトにとってもう1人で年越しするのは慣れているもの。
それでもイタチと一緒に越せないのは少し寂しい所がある。
「よし!年越しそば――じゃなくてラーメン食うってばよ!」
そう思って窓から離れる。
コンコン
「?!」
ナルトはさっきまで居た窓を見る。
音がしたような気がした。
ナルトは恐る恐る窓を開けてみる。
「イタチ兄ちゃん?!」
窓を叩いた人物、それはイタチだった。
「何で来たんだってばよ?!」
「ナルトと一緒に年越ししたかったから」
「そうだけどさ……家族は?」
「それは心配ない。任務だと言って来た」
「そっか……ありがとう、イタチ兄ちゃん!」
ナルトの言葉が終わったのと同時に時計が鳴った。
「…………」
「…………」
永遠と時計だけが鳴り続ける。
誰も声を出さない。
そして時計の音が鳴り終わった。
「あけましておめでとう、ナルト」
「あ、あけましておめでとう!イタチ兄ちゃん!」
「ナルト」
「ん?なぁに?」
年明けからナルトは上目遣いでイタチを見る。
「お参り、行くか?」
「うん!あ、でも何でおまいりに行くの?」
「今年もお願いしますって神様にお願いにいくんだよ」
それを聞いてナルトは瞳を輝かせる。
「ホント?!お願い、叶えてくれるんだってば?!」
「ああ、じゃあナルトは何をお願いしたいんだ?」
少しイタチが微笑みながらナルトに聞いた。
「えっとね。イタチ兄ちゃんと一緒に居られるように、でしょ。イタチ兄ちゃんが怪我しないでお仕事出来るように。それにね……」
「?」
イタチがナルトの瞳を見た。
「火影になれますように!」
感情
『忍はどのような状況においても感情を出すべからず』
『任務を第1とし何事にも涙を見せぬ心を持つべし』
あの任務帰りに見かけた親子の姿。
「ホント?!」
「もう……でも1つだけよ?」
「えー?もう1つ!!」
「駄目!また今度ね?ほら泣かないの」
子供がおもちゃをねだる姿。
「ナルト~?」
「あ、ごめん!サクラちゃん!!」
声をかけられて立ち止まっていることに気づき、ナルトは2人の後を追った。
「はい、今日の任務はここまで!明日は休みだからちゃんと体を休める事!んじゃ、解散!」
それだけ言うと、一瞬にしてカカシの姿が消える。
時刻は7時近くになる。
教師が遅刻してきて5時間つぶれ、どれくらいあるかわからない庭の草取りに6時間近くかかってしまった。
「んじゃーね!サクラちゃん!!」
残りの2人と別れてからナルトは空を見上げた。
冬のせいか日が落ちるのも早い。
空には静かに輝く満月が浮かんでいた。
こんな日の帰りは小心者と言われれるだろうが、怖い――独りだから。
「おぼえてんのかな?」
月の光がまぶしくてナルトは瞳を細める。
あの人は今日を、覚えているだろうか?
「すき」
あの日のあの約束を、忘れてしまったのだろうか?
「ナルト」
空耳ならいいのに。
まだ「コレ」が収まるのに。
後ろからぎゅっと抱きしめられる。
「ナルト……」
その声はあやすように優しい、何も変わってない。
「イタチ兄ちゃん」
「約束通り、迎えに来た」
「……」
「嬉しくないか?」
何も表情を変えないナルトにイタチは聞く。
「ホントに?ホントに迎えに来たの?」
イタチは抱きしめていた腕を放し、ナルトと向かい合う。
「今度こそ、一緒に来てくれるか?」
「うん!」
そしてナルトの頬を伝う涙をふき取る。
殺していた感情が溢れ出た。