近代的な恋愛の駆け引き

[su_icon icon="icon: warning" background="#9c1423" color="#FFEA65" size="20" shape_size="6" margin="10px 10px 5px 0px" target="self"][/su_icon]現実世界(三崎亮)の描写あり、欅のリアル超妄想
[su_icon icon="icon: warning" background="#9c1423" color="#FFEA65" size="20" shape_size="6" margin="5px 10px 5px 0px" target="self"][/su_icon]The Worldはほとんど出てきません

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ある高級マンションに出入りするようになってから、もう二ヶ月になる。
大学入学前に、アルバイトでも始めようかと話したその日、The Worldの友達がバイトを紹介してもらったのだ。
仕事内容が家政婦ならぬ、家政夫とは……怪しすぎて何度も念押した。

ハセヲだけにこの話が持ち上がったのは、雇い主が物好きだということが影響している。
そいつの友達らしく【死の恐怖・ハセヲ】を大層気に入っているらしい。
警戒したのは数日だけで、雇い主の配慮で仕事は続いている。

「“ツキさん”、お邪魔してます」
「いらっしゃい、ハセヲさん」

モニターから視線を外し挨拶したこの青年が雇い主だ。
少しハスキーな声が特徴的で温和な容姿が絶対にモテる。
難点は一般常識が通用しないことも多々あるという点か。

名前も三崎亮と呼ばれたことは一度もない。
相手の本名はなんと言っただろうか……もう覚えてない。
“ツキ”と呼んで欲しいと言われて以来ずっとこの調子だが、呼び名はあるから不便はない。

給料は高いし待遇も悪くない。いや、申し分ない。
大学受験を配慮して使っていない一室を貸してもらった。
机以外にテレビやパソコン、ベッドまで準備してある。
さすがに気が引けるので一度も泊まってはいないが、この人なら喜んで許可するだろう。

「じゃあいつも通り頼みます。終わったら自由にしてていいですよ」
「わかりました」

大手企業に勤める両親は多忙で、最近は顔も合わせてない。
だから家事はこなしていたし、でもここで役立つとは思ってなかった。

早く洗濯を済ませないと昼食に間に合わない!
いつもの作業が始まる……。

普段なら夕方にスーパーマーケットに買い物へ行って、夕飯を作って帰宅する。
だが、昼過ぎから振り続ける雨は止む気配はない。

ツキが「雨の日に買い物なんて面倒だからいいよ」と言うから、その流れで外食になった。
何が良いかと聞かれたが「お任せします」と答えて、連れてきてもらったのは――焼肉だった。

「いただきます」
「いただきます。……ハセヲさん、好きなだけ食べていいからね」
「うん……」
「育ち盛りだからいっぱい食べると思って焼肉にしたんだ。変かな?」
「いや! そんなことないです!」

多忙の両親は論外だし、同級生は受験と進学で、誰かと食事する機会なんて全くなかった。
(誰かと食べるご飯ってこんなに美味しかったっけ?)とか色々考えてしまう。

亮が焼肉に夢中になっている間、ツキはユッケを美味しそうに頬張る。
食べたことがない料理でも、ツキが美味しそうなら、美味しく見えてしまう……不思議だ。
いつの間に冷酒が置いてあることに「えっ、お酒飲めたんですか?!」と驚いた。

「そうだね……ほどほどにね」
にっこり笑った後、猪口で飲む姿は色っぽく“大人”だと再確認させられた。

初日に本名を教えてもらった以外、ツキのことを全く知らない。
郵便物は届かないし、固定電話もあるが一度も掛かってこない。
四六時中パソコンに向かっているから、仕事も趣味もIT系関連と予想していた。
もしかしたらデイトレーダー……という可能性もあるが。

「ツキさんって食べ物も好き嫌いないですよね」
「サンマはアレルギーで全く駄目だけど美味しいよね。アレルギーなんて知らずに食べたその日は大変だったよ」
「あはは……。そういえば彼女いないんですか?」
「んーいないよ。でもね! 片思い中なんだ」

ズキン!

掴んでいた肉がポトリと付けダレの中に落ちる。
タレが数滴テーブルに飛び散ったのが見えて、急いで台ふきで拭う。
こんなに動揺した理由に心当たりがなくて自分でも不思議だった。

「意外だった?」
「いや! そんなこと……」
(オレ、なんでこんなこと聞いたんだろう)

適当に質問してたつもりが、自分がこんなに取り乱して恥ずかしい。

ツキはThe Worldをプレイしているらしいが、一度も遊んでいる場面に遭遇しない。
死の恐怖・ハセヲが気に入ってるわりにその話題も出てこない。
確定したことは今さっき質問して聞き出せたことだけ。
二ヶ月間、ほぼ毎日マンションに通っても、全て推測でツキのことを考えてきた。

まだ取り乱しているのか、イライラしているのかわからない。
でも、考えられないほど心臓がバクバク動いている。
何もしらない自分に失望したのか、教えてくれないツキに呆れたのか……。
亮も喋りづらく、肉を口に放りこむ。

「実はね、ハセヲさんに片思い中なんだ」

街を歩いていたら、「ハセヲだ」「死の恐怖」と口にする。
ハセヲ自身、その通り名が早く廃れることを望んでいるが、他のプレイヤーは違う。
調査でトーナメントで制覇を続ければ有名にもなるだろうし、ゲームニュースで取り上げられ、知名度は一気に上がった。

今でもPKKをしていないわけではない。
それは気分だったり、人助けだったり……でも昔ほど積極的にPKに絡まなくなった。

気分の大部分にあるのはリンクしているスケィスの欲求不満の解消が大半だったりする。
本当に恐ろしいのは“ハセヲ”ではなく、スケィスだ。

The Worldのプレイヤーは分別をわきまえる人も多かった。
いくらPKKしていても、ゲーム内で直接暴言を吐く連中はあまりいなかったし、よもやまBBSでも表向きにそういう人間が出てくる場面は少なかった。

それに連絡先を知っている仲間たちは、ハセヲのことを悪く言うことはない。
友達だから衝突したり、すれ違いがあることは当たり前で、それでも関係は好調だ。

「ハセヲさーん!」
「おーい!!」

独りでいても、また誰か来てくれるのだ。

久々にカナード・@HOMEに顔を出そうと思い、ネットスラム・タルタルガに向かうと、ゲートの前に欅がいた。

「欅……!」

ツキの家政夫のアルバイトを紹介したのは、他でもない欅だ。
どんな交友関係と話術があれば、全く外出しない人間と知り合いになれるか聞いてみたい。
未帰還者になった志乃のお見舞いに何度も通ったし、オフ会も珍しくないと、自分の中で結論が出た。

「こんにちは、ハセヲさん♪ 紹介したバイトはどうですか? 順調ですか?」
「あー」

ツキのことを振られた途端、何日も経った今でも、あの光景を思い出す。
焼肉店で変な告白がなければ、すごく順調だと答えていただろう。

他に頭を殴られるほど衝撃的だった出来事――志乃のPK。
背けたくてぼんやりとしか覚えていない。
それよりも禍々しいトライエッジを夢見ることは何度もあった。

彼が言った片思いはどういう意味なんだろう。
乙女チックなのは自覚してるし、他の人には絶対に言えない。
きっとスケィスにバレたらずっと大笑いした挙げ句、馬鹿にされるに違いない。

息を整えて「良くしてくれてるし……」と切り出してから、背もたれに一気に寄りかかる。
ツキが欅に言わなければバレることもないし、追求されることもない。
そうだそうだ!と言い聞かせて、戯れ言を続ける。

「不満ないよ。給料もいいしな! 紹介してくれてありがとう、欅」
「いえいえ♪ ハセヲさんに仕事してもらえると決まって、すごく喜んでましたからね! でも……僕は取られちゃったみたいで寂しいですけどね」
「……」

先ほど会ったアトリやクーンも寂しいと言われた。
アトリには他の月の樹のメンバーがいるし、クーンにはメールアドレスを交換した大量の女性がいる。
流せていた言葉が、欅だけは上手くできない……どうしてこんなに心に引っかかるのか。

「また落ち着いたら報告するよ」
「ふふっ、もちろんです♪」
「じゃあ、早速付き合ってくれよ。新しいクエスト実装されたんだって?」
「ええ、では行きましょうか^^」

今だけは、(現実世界)から離れることができる幸福――。

翌日ツキに挨拶すると「元気なさそうですね」と返されて、今日だけはツキの観察力の高さを恨む。
あの片思いが気になってることは言えず、適当にはぐらかすと
「僕が告白した時からそんな調子だよね」
あれって告白だったのかと衝撃を受けたと同時に、恥ずかしさの余り汚い言葉を思い浮かべて消した。

ツキは本当にムードや空気なんて関係ない。
焼肉の時もそうだけど、本能、というより欲求に忠実な人間だと思う。
常にその欲が常にあるなら動向も掴み易いのだろうが……。
格好が良すぎるからなおさら問題で、こんなに動揺してしまうのか。

「じゃあ、ツキさんはどういうつもりで言ったんですか?」
「そのままだよ。ハセヲさんが好きってこと」

部屋は薄汚れている部屋で爽やかな笑顔と嬉しい言葉、とてもシュールだ。

つけっぱなしのパソコンのCPUがガリガリ音を立てる。
一定時間すると、またファンの低い音が聞こえて、静かだ。

「だっ、でも! オレはツキさんのこと知らないし!」
「なら知ってれば、ずっと一緒にいてくれるってこと?」
「それは……」

ツキがデスクから退くと手招きされ、ここに座れ、ということらしい。
アルバイトを始めて見るツキのパソコンの画面に興奮した。

左下にチャット・右上にマップ、The Worldだ!

場所はネットスラム・タルタルガ――見た瞬間、安堵と違和感を感じた。
ネットスラムは一般プレイヤーが入れる場所ではない。
今では当たり前のように出入りしているが、第三次ネットクライシスがなければ存在すら知らなかった場所。

恐る恐る一人称視点と三人称視点と切り替えるボタンを押すと、キャラクターの背中が見える。
画面にぽつり佇む少年を、亮は何度も見たことがあった。

「欅? ……これどういうこと、っ!?」

ツキに引き寄せられて唇を塞がれる。
鼻で呼吸をすればいいと理解していても、思うようにいかない。
体が硬直して、これが自分なのか!?と軽くショックを受けた。

ドクンドクン……早い鼓動が聞こえて、思わずぐっと奥歯を噛み締めた。

男同士でキスするなんて、嫌がらせか罰ゲームだと思ってたことが――今現実で起こってる。
学校の男子とするよりマシとは思わなかったし、ツキとキスして嫌だとも思わなかった。

唇が離れて外気に触れて涼しいと思った時、自身の頬も熱を帯びていることに気づいた。

「ツキさん? 欅? あれ、なんて呼べば……」
「欅でいいですよ。ハセヲさん……もっと色んなこと教えてください。僕と、一緒にいてくれませんか?」

駄々っ子みたいに抱きついてくる“欅の”頭を優しく撫でる。

「こちらこそ、よっよろしく」

先ほどから頬がずっと熱いのに、次は口元が緩んでしまう。
絶対おかしな表情をしている!
嬉しさと急展開に我慢できず、亮は何も言わずに立ち上がって居間に逃げ込んだ。
早く平常に戻らないと……欅に笑われる!!

2011/03/10