クビアを撃退し、第三次ネットクライシスを防いだことで、Project G.Uは解散になった。
一般プレイヤーに戻ったが関係者同士の連絡は継続している。
榊派がクーデターを起こし騒然としていた月の樹の専用エリアも、元の状態に戻っていた。
1000人以上所属していたメンバーの多くは抜けて、人数は疎らだ。
ギルドマスター・欅は、事件以降、専用エリアに留まることは少なくなった。
そんな彼のいる場所はネットスラム・タルタルガの他に――カナードの@HOMEだった。
「ハセヲさん!」
「欅……(また勝手に入りやがって)」
心の声を口に出すことはなかったが、そんなこと欅にはお見通しのようだ。
にっこりと嬉しそうに微笑みながら、@HOMEの鍵を見せ付ける。
「ここはネットスラム。僕の故郷なんですから、出来ないことなんてありませんよ」
ハセヲは
「そーかよ」
と、言いながら錬金工房へ消えていった。
椅子に腰掛け軽く背もたれに体重をかけると、欅から笑顔は消えた。
不正な形で@HOMEに進入しても、ハセヲは帰れと言わなかった。
最初は追い出されないことが嬉しく、その好意に寄りかかっていた。
だが今では、その気遣いと優しさがとても苦しい。
全く変化しない、この関係が――。
工房から出てきたハセヲに駆け寄ると、すぐにシステム音が鳴る。
画面にトレード申請の文字が映し出されると、欅は承認を選ぶ。
ハセヲが欅にプレゼントすることは珍しくない。
Project G.Uで活動中だった頃、一緒に冒険した最後に、適当な物を渡してくる。
彼にとっては適当だが、一般プレイヤーから見れば決して安くはない品だ。
画面に表示された武器は、――大鎌だった。
そのレアリティに驚いて、コントローラーを握りしめる。
先日2人で冒険した後の別れ際にこの大鎌の話題の時に欅は言った。
【――改造(チート)なんかじゃなく、手に入れてみたいですね】
「これって……」
「この前、欲しいっていってただろ」
「確かに言いましたけど」
このアイテムは、トレード掲示板で誰も払えない高値がついている。
それ以前に、確立が――0.00001%以下のはずなのに。
ありえない!!
ハセヲは自分のようにチートで生成したかと思ったが、ハセヲは誰よりその行為を嫌っている。
自分のPCが改造を施された時も良い表情をしなかった。
「ほら、早くしろよ!」
催促の声でハッとして、トレード確認ボタンを押すのをすっかり忘れていたことに気付く。
いつの間にか冷や汗をかいていて、マイクを一旦ミュートにしてから溜め息をする。
「ハセヲさん、ドレード掲示板みてないんですか? この武器、すごい値がついてますよw」
「売る気はねーよ」
「じゃあ錬装士(マルチウェポン)ですし、使えばいいじゃないですか~♪」
「別にいいって。俺は……」
「?」
「俺は、欅に使って欲しかったってことだ!」
ディスプレイに照れるキャラクターが表示された瞬間、確認ボタンを押す。
普段ならちゃんと@HOMEの扉から出入りしてるが面倒でキャラクターを瞬間移動させる。
一瞬ハセヲが驚く声が聞こえたが、数秒のローディング後に見慣れたネットスラムのが見えた。
PCはそのまま放置する。
先ほどから微動だにしないし、声をかけても反応しなければ相手もわかるだろう。
ここはそういう場所だ。
コントローラーを置いて、ヘッドマウントディスプレイ外すと現実に戻ってくる。
床や机に散らかったままの雑誌を拾いあげて、部屋の隅に投げた。
そんなことをしてもこの気持ちは収まらない。
「照れたいのはこっちですよ、ハセヲさん」