小会議が始まって早30分。
「まぁ、こうやって話してても無駄みたいだし――」
ヒュウガが1つ溜め息をこぼす。
「無理やりオレのでいいよね☆ ってことで、テイトく……――フガァッ!!」
見事、頭にヒットした厚さ13cmはあろうと思う本の近くで蹲る。
「…………」
「…………」
その光景を見て、誰も言葉も発さなければ、フォローを入れない。
これが、ヒュウガに対しての悲しい現実なのだ。
「あ、あの……」
「ああっ!!テイトくんだけだよぉおおー!!」
「少佐、仕・事!!してくださーーい!!!」
飛びつきかけたヒュウガに追い討ちをかけるように、コナツが本で頬を叩き飛ばした。
「コナツぅ~……」
「全く少佐はデスクワークだけは駄目なんですから……」
「…………」
「…………」
やはり他の者からのフォローは一切ない。
終わることのないヒュウガの言い分を止める為の方法は1つだけ。
「テイト=クライン、私のベクライターを命じる」
「えっ、あ!は、はいっ!」
急いで敬礼するテイトを見ると、アヤナミは
「ベクライターの詳細はカツラギ大佐から聞くといい」
とだけ目線を書類に戻しながら、言い放つ。
「アヤた~~ん!!!」
突進してくるヒュウガをブロックするには、その場にある書類で十分だった。
* * *
「よっ、よろしくお願いします!」
深く頭を下げるテイトを見て、カツラギは嬉しそうに微笑む。
アヤナミに専用のベクライターがつくということ。
それは、間諜としての自分自身の行動範囲も広がるからだ。
「それではテイト君、ベクライターの基本は知っていますか?」
「スケジュール管理と書類整理、後は雑務だと聞いています」
「確かに士官学校で教えるのはそこまで、ですね。
一番大事なのは、その仕える相手をよく知り考えること――。
アヤナミ様のベクライターは大変だとは思いますが頑張ってくださいね」
手渡されたファイルは、スケジュール帳のようで、何日も先まで隙間なく埋まっている。
(……うわぁ、仕事ばっかりだ……)
この時ばかりはテイトは唾を飲む。
「少しでも慣れるように、今日からお願いします」
スケジュール帳を握る手が一瞬だけ震えた、が、すぐに返事をする。
「……はい!!」
それは強い意志を宿した瞳で――。
* * *
「えー!?……結局アヤたんのベクライターかぁー」
気だるそうにヒュウガは自分の椅子に腰掛ける。
こんなに狂喜することがあるのかと、初めて悟った。
「絶対、俺のにしたかったのに……」
その呟きは誰にも聞き取れない早さで。
アヤナミの近くに設けられた椅子に座ると同時にテイトはスケジュール帳を開く。
AM 09:00 会議
AM 09:45 ○△移動
AM 09:50 ~~
分単位のスケジュールで、把握する方も、こなす方も体が持つのだろうか。
一番最初が朝の9時から会議だとしたら、現時点で、9時48分。
カチ カチ カチン……
時計に目をやっている間も ――時は進み、刻む。
「アヤナミ様、会議が……!!」
「ああ、テイト君、今日の日程はこっちです」
「え?」
カツラギが可愛らしい動物のように頭を撫でる。
指差す方にもう1枚のスケジュールがあった。
「アヤナミ様は多忙なので、当日はこちら。明日以降はこっちに纏めると、分別しやすいですよ」
ページを捲っていくと、見開き左側が当日、それ以降の物は丁寧に纏めてある。
「あ、ありがとうございます!……間違えました、申し訳ありません」
ファイルを握り締める手が震えているのは、誰が見ても目の錯覚ではない。
「テイトくんってば可愛いね☆」
「そのぐらい少佐も真面目にやってください!!」
コナツが机に書類を置いて地響きのような振動がしたのも気のせいではない。
その直後だ、アヤナミが突然表情を歪めたのは。
「テイト=クライン」
「ッはい!!」
席を立ち、突然歩き出すアヤナミを見つめるだけのテイトに、無言の圧力を掛ける。
その殺気に似ている何かに気づいたテイトは、急いでアヤナミの後を追いかけた。
その光景をヒュウガは何も言わず横目で、目線だけ向ける。
パタン、と扉が閉まるが、一言も言葉を発する者はおらず、ヒュウガは机にうな垂れるた。
コナツだけが、ヒュウガの変調に気づいていた。
* * *
私室と思われる部屋に案内されれば、中は薄暗く、獣が喉を鳴らした。
寒気を伴うひんやりとした空気に絶えられず、テイトが言葉を紡ぐ。
「あの……アヤナミ様、何か不手際でも……?」
聞いても何を答えないアヤナミが怖くなり、テイトは自然と握り拳を作る。
「いつからヒュウガと知り合った?」
「――え?」
質問を質問で返され、つい、零れた間の抜けた声。
ハッと我に返り、すぐさま答える。
「以前、陸軍士官学校にブラックホーク隊が訪問した時に見かけただけで……」
「本当にそれだけか?」
まだ疑う態度が悲しく、テイトはつい強く
「本当です!!」
と声を上げた。
「あいつはあまり“モノ”に執着する奴ではないからな」
アヤナミは少し間をおいて
「……気に食わん」
とポツリと呟く。
「申し訳ありませんでした」
テイトが頭を下げるのと同時に、後頭部に痛みを感る。
数秒して、無理矢理髪の毛を引っ張られていることに、ようやく気付く。
その間に目の前にはアヤナミの顔があって、翡翠の瞳を見開いた。
「あの」
遮るようにピシャリとアヤナミが言う。
「お前は誰のベクライターだ?」
「アヤナミ様のベクライターです……」
即座に出たとはいえ、この言葉がどれだけ苦いかこの時点で誰も解る事はない。