終戦後、落ち着きを取り戻してからZ.A.F.T.には正式手続きをして退職した。もちろんジュール家からも去ることになるので、その時のエザリアを思い出すと苦笑いしか出ない。血相を変えて「イザークと結婚すればいい」と言い出した時は、イザークが場を取り持ってくれなければどうしていただろう。そしてお名前(女)は、Z.A.F.T.に所属する前に行動と共にしていた、カナードの元へ戻っている。“働かざる者食うべからず”と言うが、言葉通りに、傭兵として生活収入もある。
丁寧に花束を墓石の前に置くと、波音と共に強風が吹いた。
「ザフトはどうだった」
「いい人も居たし、そうじゃない人もいて……いろいろ」
今のお名前(女)には、まだ消化しきれていないものの方が多かった。最後の戦いで、一部ザフト軍が反旗を翻した時に発見した憎むべき相手であるキラ・ヤマト。(あの戦いで死んでしまえば良かったんだ)と、今更遅すぎる。それはお名前(女)なのか、それともキラ・ヤマトなのか、自分でもわからない。
「カナード、行こう」
「……知り合いじゃないのか?」
不思議そうに、カナードの視線の先を向くと、会いたくない集団がいて。
バッチリ目が会って、つい眉間に皺が寄った。
軽く挨拶されるが、視線を泳がすだけで返すことは出来なかった。チラリとカナードを見るとお名前(女)違い動揺せず、無表情でもなく、そう――過去と決別できたことでの余裕だとわかった。(こいつがキラ・ヤマトだって解ってる癖に……)自然と溜め息を付くが、波音に掻き消された。
「お名前(女)、退職したんだって?」
「あぁ、うん……」
ルナマリアが心配そうな面持ちで聞かれて、つい返事をしてしまった。元気そうで良かった、と言われると、少しだけ心が温かくなった気がした。ただ、傭兵してます!なんて堂々と言える訳もなく、適当に流すしかない。
「知り合い待たせてるから、私はこれで……」
カナードという連れがいるのは事実で、これを口実に逃げるしかない!その連れはいつの間にか歩き出していており、お名前(女)はますます動揺する。こういう時は待っていてくれるものじゃないのか?!カナードがマイペースなのは今に始まったことではないが、今日ばかりは合わせて欲しい!切実だった。後姿だが、右手に見える何かのキーを見てすぐに繋がる。
「迎えに来る間に、少し話していればいいだろう?」
この状況とカナードの行動、やり場のない怒りをぐっと堪えて笑顔を作った。
ただ風と波音だけが聞こえる。それがBGM変わりで、未だに平常心を保っていられる。ルナマリアとメイリンの2人は何処となく嬉しそうなのは気のせいではないだろう。
「今の彼氏?」
「お名前(女)、どうなのよ」
「えぇ??」
確かに生まれた時から、一緒に行動していたのはカナードだった。彼氏彼女という関係より、そこにいて当たり前の存在、家族のようにしか考えていなかった。恋人……ではない。助けあっても、キスしたり、体を重ねあうことはしないから。
「お兄ちゃん、みたいな存在な人だよ?」
「これじゃあ、先が思いやられるわね」
ルナマリアが笑う理由がお名前(女)には解らなかった。ただ、プラントを離れた自分を親身になって話してくれるとは思ってもいなかった。あの大人とは違う、ちゃんとお名前(女)という存在を見てくれているではないか!
アスランが
「それにしても……俺の周りにはカガリにしろ、お名前(女)にしろ、さっきの連れにしろ、キラに似てる奴が多いな」
と言ったのと同時に、キラとお名前(女)の瞳が揺れたのをお互い見逃さなかった。
「別に……似てないですよ」
震えた声でポツリというのが精一杯だった。
屈辱的なことだった。あの大人たちは同一ではないから、生まれてきた存在を幾度も捨てて生み出しているのではないか。同じなら、スーパーコーディネイターと同じなら、家族がいた筈なのに!
(でも、同じってなんだろう?)
「いや、似てるよ。僕たちは」
そう断言したのは、キラ自身だった。
「君は昔の僕に、とても似てる。何かを消化しきれない、そんな表情をしているから……。大丈夫、僕もここにいるから」
突然、手を握られ優しく髪の毛を撫でられたると、思わずその手を振り払う。アスランが「キラ!」と叱るように名前を呼ぶが、態度は変わることはない。
「僕と――君のお兄さんみたいな人によろしくね」
ただ、キラは少し寂しそうにお名前(女)に微笑むだけだった。
周囲に耳を蓋いたくなるような爆音が響きわたる。お名前(女)は聞きなれた音だが、他の人がMSの移動音だと気づいたのはそれから暫くしてからだ。
「迎えが来みたいなのでこれで」
頭を下げながら言葉にしたが、この音の中で聞こえているか怪しい。挨拶した事実に変わりないからいいだろう。
白と青が基調となるボディ……ドレッドノートイーター。出力を抑えてるとはいえ、集団に近くなるほど、髪の毛や衣類は爆風で乱れ、腕で顔を覆いたくなる。腕が伸び、優しくお名前(女)を捕まえると、一気に浮上する
飛びながらモビルスーツのコックピットに入るのは慣れた。怖くないというと嘘になるが。コックピットは2人乗り用ではない為、相変わらず狭い。
「キラに触らせるな」
「私だって触られたいわけじゃ……」
操縦しながら、カナードは強くお名前(女)の頭を引っ張り、ぐしゃぐしゃに撫でる。
「カナード?!」
狭いコックピットということで、身動きが取れず、体制はそのまま。カナードの膝に乗りかかる形で飛行しているが、表情は見えない。大嫌いなキラから言われた一言が頭に木霊する。
(“僕と”君のお兄さんみたいな人によろしくね、か)
「あのー、これからも、よろしくね」
無言の返答は肯定。MS特有の機械音、加速からくる体への負荷、傍にいる家族の温もり。これが前に進むことならば、いつか許せるのかもしれない。キラ・ヤマトを、人を。