終戦後、世界が落ち着きを取り戻してから、オーブの墓石に関係者が集まっていた。中にはプラントに招かれることになっているラクス・クラインもいる。それは、非公式なので、ただただ静かだった。
「イザーク、付き合わせてすいません」
「嫌なら付き合ってはいない」
「いや、そうじゃなくて……」
お名前(女)はその後の「ディアッカさんとか。シホさんとか。軍とか」という言葉は唾と共に懐の底へ落とす。
墓石が近くなるにつれて、何人か集まっていることが解り、シルエットもはっきりしてくる。
「あ!シンたちも来てたんだ……」
「あいつらも、か」
少しアスランを睨みつけるのが解った。“あいつら”の複数の意味は、奥にいる、キラ・ヤマトのことも指すのだろう。(こんなところで会うなんて……嫌だなぁ)思考と共に歩く速度が遅くなったようで、イザークが「お名前(女)?」と呼ぶと、適当に苦笑いした。
「イザーク、お名前(女)」
アスランが気づいたようで、名前を呼ばれる。他のメンバーもこちらを見て、シンは泣いていたようだが、予想はつく。名前を呼ばれることも、彼らが微笑みかけられることが、お名前(女)にとっては心を逆立てる要素にしかならない。
「こんにちは」
「考えることは一緒ということか」
少しイザークがアスランとキラ、そしてシンの顔を見てから溜め息をつく。その間に、お名前(女)は墓石に花を手向ける。アスランが自分のことをキラとラクスに紹介したが、早くこの場から帰りたくてしょうがなかった。
「アスランも言ってたけど、キラです。よろしくね」
「え?」
握手を求められる手に驚いて、キラの顔を見れば、カナードと同じ紫色の瞳があった。再び俯くと、キラは不思議に思ったようだ。
優しい声でラクスが
「それにしても、お二人は似ていますね」
言うと、アスランが初対面のことを口にする。
「俺も最初驚いたよ。本当にキラに会ったかと思った」
メイリンやルナマリアも笑ったが、その声が遠く聞こえる。
目の前に、殺すべき敵がいるのだ!
憎むべきキラ・ヤマトがいるのに!
未だに自分だけ、昔に取り残されている状態が恥ずかしくて、殺せないことより悔しくて、瞳は瞬きを忘れていた。ここから一目散に走り出さないのは、保証人であるイザークがいるからだ。
「君は、昔の……僕に似てる」
キラが呟いた言葉は、風が強くても確かに聞こえた。
「いえ、似てないですよ」
それはあまりにも屈辱的なことだった。似ているのでは駄目なのだ。同じでないと。同一ではないといけないのだ。だからあの大人たちは生まれてきた存在を幾度も捨て、新たに捨てる命を生み出しているのではないか!虹彩異色症時点で、キラがいなくても私は捨てられていたかもしれない。周りにいる人間と捨てられたスーパーコーディネイターは何が違うのか……手も足もあり感情だってある。心音が耳に響くことで、確かに動いていることがわかる。
「似てるのは――雰囲気かな?遺伝子が同じ人がいないように、全く一緒の人なんてこの世には存在しない。仮に遺伝子が同じでも君は僕になれない。僕も君にはなれない。本質までは真似できないから」
「私は、あなたを……キラ・ヤマトを殺したくて生きてた。あなたが死ねば、私がスーパーコーディネイターになれると思って。どこも劣ってないはずなのに、どうして本物じゃないんでしょう。瞳の色が違うと、人は捨てられるんでしょうか」
「君は間違いなく本物だよ。皆が、唯一無二の存在だと、知っているから」
大粒の涙は頬から地面に落ち、思わず手で拭う。イザークは優しく、頭を撫でる。
「君も、僕と兄弟だったんだね」
何年かぶりに、声を出して泣いた。
「ったく、お前は何を悩んでいるんだ!」
イザークが、ポケットティッシュを手渡すと鼻をかむ。持ってきたハンカチは涙で濡れて少し湿っぽい。
泣きすぎた擦れた声で返事する。
「すいません」
「誰が好き好んで保証人などやるものか。特別な気持ちがあるから自分の手元に置いておきたいと言ってるのに、お前は鈍すぎる。だからお名前(女) ……お前が何だろうと、俺とは結婚してもらうからな」
「え?……あ!!」
突然の告白に握り締めていたハンカチが地面に落ちる――瞬間、風に乗って海の方へ飛んでいった。