シャトルの中には当然ながら1人だった。機体が安定したことが分ると、は量子コンピューターを鞄から引きずり出す。そして、イザークに貰った物とは別のディスクを差し込む。起動画面が現れ、パスワード入力画面が出るがは慣れた手つきでキーボードを弾いた。そういえば、イザークから貰ったディスクの方もいざという為にロックをかけておかねばならないと、思い出す。入力が終わると一瞬、灰色の画面に戻るがうっすらだが、画面越しに相手の顔が映し出される。
「何か変わったことは?」
『連合、ザフトは無いが……。問題はオーブだな』
そう言った相手はMSのコックピット内なのだろうか。こちらを向かずに正面に位置する画面を見つめていた。
「それで、カナード、オーブで何か?こっちはアスラン・ザラの件もあるからオーブでいろいろあると困るし……」
『ラクス・クラインがコーディネイターで構成された部隊に襲われた』
冷ややかで感情が読めない言い方。だが、内容は信じたくないものだ。頭の回転が速いというものは嫌だとこういう時に感じる。
「それがザフトというわけじゃ……」
『ザフトの最新鋭の機体、アッシュを見た、といってもか?』
「!!――プラントの内情がオーブにいる本物に漏れて困る、って所か」
『それにカガリ・ユラ・アスハがユウナ・ロマ・セイランとの結婚を宣言』
「ぇええ?!」
驚きの余りには瞳を丸くして声を上げる。その声がカナードには煩かったのか、ギロリと画面をにらみつけた。
『ご、ごめんなさい。ロンドさんと同じ。それで結婚しちゃったの?」
『いや、数時間前にフリーダムがカガリ・ユラ・アスハを拉致、アークエンジェルで逃亡中だ。この事件でオーブはかなり動くだろうな』
は不安そうに顔を歪める。地球連合軍に付きつつある、オーブ。代表の拉致。ヤキンデューエー攻防戦で行方不明になったはずのアークエンジェルとフリーダムの出現。
荒れないはずがない。
『アークエンジェルの映像を送る。確認だけでもしておけ』
「ありがとう、私、ちゃんとやってるからね!」
『わかってる』
一瞬、カナードの表情が変わったと思った次にはアークエンジェルの画像に変わる。はその画像に目を落とし、まじまじと見つめた。船体の形が分っていることから、何かしら改造してあるのだろう。ブースターが強化されている所を見ると、潜水機能辺りが追加されたのだろうか?
「やっぱり……荒れるかなぁ……」
お名前(女)がミネルバへ戻ったことはすぐに艦中に広がった。
「私以外にもう1人、アスラン・ザラがこの艦に配属……いや、来ます」
フェイズである彼が配属というのも変だと思い、急いで言い直す。それを聞いたタリアは顔を歪ませた。
「議長もなにをお考えなのか……それで、そのアスラン・ザラは?」
「オーブへ向かいました」
あまりに絶望的な言葉だったのか、タリアは長い溜め息をつくいた。アーサーもいつもよりは控えめだが、ぐったりとうな垂れる。
「オーブから出る時になにがあったかは聞きました。彼は私がカーペンタリアにいることを知っています。オーブにいないことがわかれば、こちらに向かうはずです」
「……わかったわ、ご苦労様」
タリアはあくまでも冷静に言い、それにお名前(女)は敬礼で返した。
お名前(女)は艦長室を出ると、溜め息をつく。今にでも一息抜きたかったが、視界に入った人物を見て、強張らせずにいられなかった。いつもと違う表情をしていたので驚いたが、つい名前を呼んでしまう。ユニウスセブンの件以来、シンと会った時どういう態度をしていいのかがわからない。周りがそう思わなくても自分にとってはイザークに連れられていったことが、裏切ったように感じる。シンは相変わらず切なそうな表情のままだ。
「シン」
「お名前(女)!」
名前を呼ばれたと同時にシンはお名前(女)をぎゅっと大事そうに抱きしめる。
「シン?!」
「よかった、また会えて!もしかしたらもう戻ってこないのかと思って……」
声からは嬉しさと今まで自分を心配してくれた優しさが伝わってくる。
「シン……私にとってはミネルバが大事な家だよ。戻ってこないわけないよ!」
「お名前(女)……」
シンはピタリとくっついていた体を手放し、2人で見詰め合うような位置に付く。
「お帰り、お名前(女)」
「ただいま、シン!――あ、ご飯まだだった」
最後のムードをぶち壊すような発言にシンはきょとんとする。
が、すぐにクスリと笑い始めた。
「シン!なんで笑うのー!」
「いや、ははは……俺もまだだから一緒に食べる?」
「うん!」
嬉しそうに返事をかえしたお名前(女)を見て、ピタリと笑いが止まったのは言うまでも無い。
シンは片手に飲み物を持ち、お名前(女)は大きな包みを持ってミネルバへかえろうとしていた。空は快晴。2人は段々大きくなる何かの音を聞き逃すことはない。青い空に映える赤いMSがミネルバへと収納される。その光景を見て2人は走り出した。セイバーの周りには人だかりが出来ており、シンはヴィーノに訪ねるがお名前(女)はここにいるはずがない人物の所へ即行歩み寄る。
「お待ちしていました」
お名前(女)は荷物を床に置き、敬礼した。
「あんた、なんだよこれは……一体、どういうことなんだ?」
その問いにすぐにルナマリアが答える。
「もう!口の利き方に気をつけなさい!彼はフェイスよ」
シンは左胸に付いたフェイスのみがつけることが出来るエンブレムを見つめる。そして手に持ったものを後ろにいるメイリンに押し付けて、敬礼した。アスランはそれを見て、微笑んだ。
「艦長は艦橋ですか?」
「あぁ、はい……だと思います」
「なら私――」
「確認してご案内します」
メイリンと重なるようにルナマリアがアスランにニコリと笑いながら歩み寄る。
「あぁ、ありがとう」
2人は人だかりの中から抜けていくがシンがそれに黙っているはずもない。
「ザフトに戻ったんですか?」
「……そういうことに、なるね」
「何でです?」
アスランは最後の問いには答えなかった。