06 ショートステイ

お名前(女)は久しぶりに自分のベットで寝れて完全に熟睡している。カナードと逢った後、本家に行けば、イザークの母親のエザリアに強烈過ぎる程に抱きしめられ、夕食を共に食べた。いろいろあって疲れていたのか睡魔はすぐに襲ってきてベットに潜ったのが夜の9時。そして今、何者かにお名前(女)は叩き起こされている。

「起きろ、お名前(女)ッ!!」
「ぅー……あと、2時間ぐらい……」
「~~!この俺が起こしているんだ、さっさと起きろ!」
お名前(女)も大分意識が浮上してきたのか、目を開けて自分を起こす人物へ顔を向ける。さらさらなプラチナブロンドにアイスブルーの瞳。一瞬、エザリアかと思ったが、違う。
「お名前(女)、起きろ」
声からして、男性のものだ。
「イザークさん?」
「そうだ、さっさと起きろ!」
「何でここにいるんですか?軍の方は……」
「休みだ!お名前(女)が寝た後に帰ってきた。軍はシホとディアッカに任せてきてある」 「ふーん……」
「(寝ぼけているな……)出かけるんだ!!起きろ!!」 お名前(女)は時計を見るとまだ8時になっていないではないか。自分が女だという自覚があまりないせいか、イザークに起こされても何も思わない。 軍に入る以前、この本家でお世話になっていた時はこれが日常のようだった。

「お名前(女)、イザークと出かけるの?」
「あ、エザリア様」
呼び方が気に入らなかったのか、エザリアはお名前(女)ともう1度名前を呼んだ。
「ごめんなさい!お母様……」
「よろしい、本当は一緒に買い物でも出かけたかったが仕方ない。楽しんできなさい」
「はい!」
エザリアは嬉しそうに、お名前(女)に近づく。
「折角の休みなんだから、化粧でもしたら?」
「そ、そうですか?」
「あぁ!私にまかせなさい!」

「あのー……似合ってるんですか?」
「それはもちろん!」
エザリアは自信満々にお名前(女)に言った。女という自覚があまり無いお名前(女)が軍に居ても化粧などする筈もなく、服は軍服。 こういう時だけでも、女の子らしくして欲しいのだ。髪の毛はいつもと同じようにストレートのままだが、服はフリルのブラウスに黒のベロアスカート。上から薄手のカーディガンを着せる。
「よし!」
首に十字架のチョーカーをつけてエザリアは満足したようだ。お名前(女)は一体どこからこんな服を持ってきたのか恐くて聞けない。
「イザークが下で待っている、行ってやりなさい。――これもね」
エザリアはバスケットも渡し、行ってきますと言ってお名前(女)は複雑な気持ちで部屋を出た。スカートをはきなれない上にブーツが意外と高い。歩きづらい気もするが、ゆっくりとイザークの待つ玄関へと向かった。

姿が見えると、少し大きめな声で相手の名前を呼んだ。 「イザークさん!」 「お名前(女)、遅いぞ!……な……」 「イザークさん?」 廊下で転ぶこともなく玄関についたお名前(女)だが、次はイザークが固まり立ち尽くす。確かにいつも男のような服装しか着ない人間がスカートとくれば誰でも固まるだろう。
「似合いませんか?エザリア、お母様が選んでくださったんですけれど」
「母上……。別に変ではない、それに“さん”はいらないと何度言ったらわかる?」
「あ、ごめんなさい、イザークさ、イザーク」
「とにかく出かけるぞ」
イザークはお名前(女)の手を引いて玄関を出る。それを見て、エザリアが嬉しそうに笑っていた。

 

イザークが運転席に、は助手席に座りエレカは本家を出発した。天気は快晴で、気温も寒くもなく暑すぎない。本家から離れてもやたら大きい屋敷ばかりで、その間をすり抜け海沿いの道路に出る。
「イザーク、どこ行くの?」
「決めてない」
出かけると言っておいて出かける場所を決めていないとは。心の中で突っ込むが口には恐れ多くて出せない。少し湿ったような空気がやけに心地よい。ドライブというのもたまには良いとは思った。
「なら、行きたい場所はないのか?」
「……昼寝が出来る所とか、寝れる所」
「ようは眠いと言いたい訳か?」
イザークが横目でぼんやりしているを見ると1つ溜め息を付く。彼の中では目的地が決まったようだった。

ついた場所は今までも何度か訪れたことのある公園だった。はバスケットと鞄を持ち、エレカから降りる。確かにここなら寝ることも出来るだろう。
「ここなら満足だろう?」
言いながら鼻で笑うイザークはまだ10代だということを認識させるものだった。からみれば4歳も歳が離れており、大人だと思われる部分が多い。お礼を言ったのと同時に、は気の木陰に座り込みうとうとし始める。その隣にイザークが座った。

木陰に風が吹き抜ける。イザークが持ってきた民俗学の本を読むのかと思えば、ぽつりと口を開く。
「昨日は強く当たって悪かった」
彼が謝るのが珍しい等ではなく、昨日という単語で一気に意識が浮上する。
「あ……私も上官に逆らった、し……」
「ちゃんと、理由を話しておくべきだったな……」
イザークはの方へちゃんと顔を向け、も話を聞く体勢にする。
「議長が言っていた事は本当だ……いつでも保証人が駆けつけられる宇宙、 そして地球には絶対に 降下させないという条件でお前をのパイロットにさせた。 、お前の素性は知っている。だからこそ、あの時はますます降下させたくなかった。 ユニウスセブンが地球に被害を与えた今、また地球連合軍やブルーコスモスが動き出す。任務に私情を挟むなど最低だが、俺はお前の保証人でもある、だから……」
それだけ聞けば十分だった。こんなに大切に思ってくれてる人がいるなんて本当に幸せ者だと思う。だが、イザークの話は続く。

「、地球に降下しグラディス隊と合流することを命じる」
「へ?」
「しっかりミネルバを助けて来い」
「――はい!」
イザークがへ対する感情が違えども、それはまるで父親が娘と分かれるような光景だった。

「それより、そのバスケットはなんだ?」
気持ちを話したので、スッキリしたのかイザークや本を手にとりながら言う。
「エザリア様、じゃなくて、お母様が渡してくれて……なんだろ?」
は持ち上げてみるも、そういえばやけに軽い。まるで何も入っていないようだ。中を見るとそこには綺麗な字でイザークへと書いてある封筒が入っていた。
「はい、イザーク、お母様から……」
「何だ?」
イザークもも封筒を持ったがやたら重いものではなく、厚さもあるわけでもない。ペラリと中の紙を見たイザークは再び玄関と同じように固まる。
「――~~!!」
「どうかした?」
が覗き込もうとすると、イザークは急いで手紙を細かくちぎり始めバスケットへ投げ込む。辺りには数枚、千切った紙が飛ぶがそんなことは関係ないようだった。