02 私怨の矛先

お名前(女)は帰還してから軍服へ着替えても、パイロット待機室を離れなかった。これから、戦闘があるということもあるがそれ以上に1人で居たかったという部分が大きい。ザフトに、いや、プラントにきてから度々モビルスーツを動かすことはあったものの、“生きて返ってくる”という感覚に未だに慣れない。それを教えてくれたのは間違いなく後見人なのだが、内心複雑な気持ちを未だに抱えている。自分で選んだ道なのに、結局戦争からら離れられないことが呪いのように感じた。更衣室についている小さな窓から外を覗くと、ミネルバに繋がるケーブルが切り離される。

「避難……じゃないか……」

戦闘中、シンに言ったとおり、ミネルバも宇宙へ出るようだ。インパルスはデュートリオンビーム送電システム採用機でエネルギーは無限、ということになる。 だがそれは、理論上のことだけであり、戦場では全く別だ。何かに阻まれれば届かない。一定の範囲でなければ、意味が無い。この判断はある意味で正しい。このままでは、インパルスも敵の奪われることもあるだろう。

『ミネルバ発進、コンディションレッド発令、コンディションレッド発令。パイロットはブリーディングルームへ集合してください』

どんどん下層へ、ミネルバは降りていく。一瞬、ガコンと止まるが次の瞬間には宇宙空間へと出ていた。お名前(女)は景色を見るのを止め、ブリーフィングルームへと向かう。

途中、通路で赤い髪が見えたのですぐにルナマリアだとわかる。
「ルナ!……あれ?」
「お名前(女)……えー、オーブのアスハ代表とその護衛の方よ」
お名前(女)の目線が誰と聞いていたのだろう。ルナマリアは声で聞かずとも答えてくれた。
「キラ?」
「あえ?」
いきなり青髪の青年が意味が違う名前を呼ぶのでお名前(女)は抜けた声を出す。少なくとも聞いたことがない名前ではないのだが、あえて言わないでおく。(ああ、こいつも、知り合いなのか)
「馬鹿!」
「済まない……人違いだ」
「それじゃあ、私、案内するから」

ルナマリアとお名前(女)は顔を見合わせ、コクリと頷くとすれ違う。姿が見えなくなると、辺りは再び静寂に包まれる。突如、グラリと船体が動いた瞬間に、一気に揺れが思う。

「今日は慌ただしいな……たくっもうー」
言葉使いが乱れる。近くに誰か居れば、完全に愚痴を溢していた所だ。お名前(女)は今来た道を戻り、MSデッキへと抜けようとする

『全艦に通達、本艦はボギー1の更なる追撃を開始する、これは………』
ちょっと待て、声を発している者に言いたい。だが、確かにあの3機を野放しには出来ないのは確かで。たった単身の1艦で、この派手な作戦を実行し成功させた。これは、ザフト、コーディネイターにとっても脅威だった。

『コンディションイエローへ移行』
気が抜けた。

「お名前(女)、大丈夫だった?」
「シン……あー、さっきの戦闘ではごめんなさい、勝手に離脱して……」
「良いよ、インパルスはデュートリオンビーム送電システム採用機だし。ミネルバが宇宙へ出るのは予想、出来たことだから。それに乗り遅れるのが一番、大変だからな……戦力も削られるのも困るから」

そう言ったシンの最後は本音なのだろう。彼の顔には疲れが滲み出ていた。

「疲れてるでしょ?大丈夫?――あ」
「どうかした?」

ハッとした表情を浮かべたので、シンはすぐさま聞き返す。すると、お名前(女)は笑う。
「シン、初陣カッコよかったよ!おめでとう!」
「あーありがとう、お名前(女)も、じゃないのか?」
「ああ、私は前の部隊で出てるから……っていってもミネルバでは初めてか!」
「お名前(女)、俺……」
「ん?」
「シン、お名前(女)ー!ヴィーノが呼んでるぞー!」
声が突然割り込んできたことで、2人の会話はピタリと止まる。
「…………」
「…………」
「シン、行こう?」
「あ、あぁ……」

お名前(女)とシンは声のした方に行くと、茶色とオレンジの髪の毛が見えた。それと同時にデッキへの入り口に人の影も確認出来る。
「ヴィーノ、どうかしたのか?」
シンがそう問いて居る中、お名前(女)はデッキの上で話しこんでいる2人を見つめた。議長と、オーブの代表。その声はこの場にいつ誰もが聞こえる程の声。お世辞にも良い内容とも言えず、逆に此方から考えれば迷惑、かもしれない。

「シン?」
「さすが、奇麗ごとはアスハのお家芸だな!!」
「シン!?」

今の言葉は誰もが耳を疑った。お名前(女)も、そしてヴィーノも咄嗟に、シンと名前を呼ぶ。突如、ふわりと降りてきたのは、先ほど、議長の隣に居た筈のレイだった。レイはシンの胸倉を掴む。

「あの2人とも!!」
『敵艦補足、コンデションレッド、パイロットは搭乗機にて待機』

メイリンの声が艦内に流れるとお名前(女)が、2人を引き離そうとするとシンの方からレイの手をなぎ払う。シンはふわりと浮いてパイロット待機室へと向かった。お名前(女)にとっては複雑だったが、シンの後を追う。

「……お名前(女)」
「シン、どうしたの?」
「……あんなこと言ったから、嫌な奴って思ったろ?」

その瞳には辺りの光景が映っているが、見ているものはだた1つだった。お名前(女)はシンの事情を知っている。オーブに居たこと、家族を失っていることも。

「そんなことないよ。……大切な人を失った悲しみはその人にしかわからない。そのやり場の無い気持ちを誰かに押し付けてしまいたくなってしまったり、つい放ってしまうことも当然だと思うから。シンは全然おかしくない、それが普通だから。だから、私はシンを嫌いになったりしないよ……」

「そう、その悲しみは本人しか分からないもの」

 

「デブリ、か、苦手だな……」
『え、お名前(女)も苦手なの?』
通信は繋ぎっぱなしだったようで、つい溢した言葉に返したのはルナマリアだった。 「え、うーん、まぁお世辞にもいいとは。それにドカドカ撃つの苦手で……シルエットシステムがディフィージョンだから……」

ディフィージョン。シルエットシステムで変えられる武装のうちの1つだが、背中の取り付けられているドラグーン・システムが最大特徴となっている。いくら技術が向上してもセレネのみでドラグーン・システムのエネルギーを全て賄うことはできずコンパクトに収まらない。システムを使いこなしているものの、お名前(女)にしてみれば、機体が普段より大きくなることが扱いづらかった。

『私も苦手なのよね、デブリ戦』
『向こうだってこちらを捉えている筈だ……油断するな、冷静にやれば大丈夫だ』
「そうだよね……。ありがと、シン」
『でもレイみたいなこと言わないでよ!調子狂うわ……』
シンの言うことも最もだった。だが、レイのような口調だとシンらしくないといえばそうかもしれない。

お名前(女)はレーダーに映る補足済みのボギー1を見つめる。こんなに近いのに全く姿が見えない。その上、進路も何も変えない。

何か、ある?

「――皆、気をつけて!!」
ミネルバに通信を繋げばよかったかもしれないが、距離が空いてしまっている。もし、繋いだとしてもそれどころではないだろう。自軍の母艦には、敵の母艦が近くに居る。はめられた!それと同時に、一気にアビスのビームが飛んできた。それが仲間に当たり、MSの破線があたりへと飛び散る。

『各機散開して応戦!!』
シンが咄嗟に支持を出すが、遅かった。セレネもビームを避けて反撃するもアビスは避ける。まるで、相手は打ちたい放題。シン、ルナマリア、もちろんお名前(女)も同様していた。
『待ち伏せか!』
レーダーを見ると先ほどまで逢ったはずの敵艦が消えた。

「なんで!?」
お名前(女)もつい、苦しそうな言葉を出す。突然の奇襲で気持ちが乱れていることもあり、冷静になれなかった。そのせいだろうか、全く力を出し切れていないかった。

『ゲール!!!……あっという間に2機も……!』
アーモリーワンでの戦闘では落ち着いていたが、あそこはプラント――相手からすれば敵陣であり、あちらが勝手が悪かった。今回は勝手が違う。なにより仲間もいる。見捨てて撤退したり、乱すことはできない。一人なら引くこともできただろうし、何より追撃なんてしなかった。文字のみの通信にはお名前(女)にとっては思ったとおりのことが書かれていた。

『ミネルバが……?!私達、まんまとはめられたってわけ?!』
『ああ……そういうことみたいだ……だけどこれじゃあ戻れったって!!!』

シンが焦り、そして怒鳴ってしまう気持ちはわかる。味方がやられ……そして今は自分の母艦さえもやられている。それに加え、奇襲。言葉が詰まることばかりだった。
「でも、レイもいる。今はこっちの方を……」
お名前(女)は戦闘へ意識を集中させ、背中についているドラグーンを敵へと向かわせた。

 

ドラグーンは不規則な動きで敵に向かい、次々にビームを放つ。カオスとアビスの間が徐々に離れ、より2機を離したくて、カオスへ狙いを定め、ドラグーンを向かわせる。カオスがドラグーンを攻撃しようと、ビームを放った時にはそこにはドラグーンはいない。

「このまま、押すからね!」
『お名前(女)!!』

シンの声と同時にセレネ2機から離すように回る。インパルスを確認した途端に強力は攻撃が始まる。セレネはドラグーンを本体から飛ばすが、相手も少しずつ動きがわかってきたのか避ける確率が上がってくる。集中できてないだけかもしれないが、この短時間で動きを読み始めるのはナチュラルとは思えない異常さだった。敵も押されてばかりというわけでもなく、自分達の攻撃を邪魔するように攻撃する。

仕方なく、セレネとインパルスはデブリの中へと入る。
『シン!このままだと回り込まれるかも……』
『……いや、回り込まれてた……』
『シン!!お名前(女)!!』
「!!」 突然の声と同時に、目の前に赤いザクが現れる。インパスルははルナマリア機を庇うようにして、高エネルギー長射程ビーム砲を放つ。そしてセレネも、もっと敵を離そうとクスィフィアレール砲を撃った。

「ルナ、大丈夫?!」
『大丈夫、まだやれるわ……』
『クソ!ミネルバが!!』
『戻らないとやられちゃうわよ!!』
『わかってる!!』

デブリから出ると上から無数のビームが襲う。再び、セレネはドラグーンを敵に向かわせ、敵の意識がそちらにいっている間にビームライフルを撃つ。 『お名前(女)、避けろ!!』
シンの声が聞こえ咄嗟にその場から離れる。インパルスが火器を放つかと思えば、そのまま敵に突っ込む。そして敵が避けたところをミサイルポットが向かい、高エネルギー長射程ビーム砲を放った。ここからなら、もう敵艦も確認出来る。ミネルバが上手くやったのだろうか?被弾しているようだった。そして帰還信号が上がる。それを3人は見るだけだった。

お名前(女)はモニターに映るパワー残量をみるが、危険域に到達していた。 自分だけなら、背中に予備が積んであることもあり、 追うことも出来るが、残りの2機は完全に限界が来ている。

「はぁ……」
お名前(女)の口から長い溜め息が出た。
「シン、お姉ちゃん、お名前(女)、レイ!!大丈夫?それより、あのアレックスって人、アスラン・ザラなんだって!!」」
「アスラン・ザラ、アイツが?」
シンとルナマリアは驚いたようだったが、レイはやはりと確信していたようで顔があまり変わらない。
「お名前(女)は驚かないの?」 「え?!ああ、ほら、ルナがそうかもって言ってたから」 そういうと、ルナマリアとメイリンが歩きだしたのでお名前(女)も後を追う。 そういうことにさせて欲しかった。だから彼は初対面でお名前(女)を「キラ」と呼んだのだ。

「そっかーでも、本当に名前、変えなきゃいけないもんなの?だってあの人前は……」
「なーに言ってんのよあの人はいくら昔……」
そこでピタリとルナマリアの声が止む。お名前(女)は最後尾だったので皆の身長で何があるのかがわからない。仕方なく、シンのよこから顔だけ覗く。
「へぇ……あなたの話をしている所でした、アスラン・ザラ。まさかというか、やっぱりというか……伝説のエースにこんな所でお会いできるなんて光栄です」
その言葉には微肉のような言葉も混じっており、お名前(女)は眉を寄せる。
「そんなものじゃない……俺はアレックスだよ」
瞳を伏せながらお名前(女)は部屋を覗くのを止め、シンに小さい声で声をかける。
「シン、行こ?」
「――あぁ」
返事を返したシンは断る様子も無く、自分から通路を歩き出す。そして暫くして、シンは口を開く。
「お名前(女)、アスラン・ザラと話したくないの?」
「だってシン……あの人、好きじゃないでしょう?」
少し驚いたように
「……あぁ、好きじゃない」
そう言ったシンの瞳は鋭く、そして何か言いたげなものだった。