01 Every Day

プリーツスカートが靡けば、甘い香りが漂う風が通り過ぎる。
目を輝かせながら辺りを見回せばクレープ屋が一件。
財布には今月のお小遣いが残っていて、生クリームがトッピングの女性にはそそる商品を注文する。
美味しそうに口に運べばふんわりした感触と舌に絡みつくクリーム。
歩きながら店舗のウィンドウを覗けば大人の女性から可愛らしい少女向けの服が様々置いてある。
少女はハッとしたように腕時計を見ると3時過ぎを確認して、急いで来た道を戻る。
そして立ち止まる。
(あれ……?)
口には出さないが、目を見開いたままで残っている最後のクレープの欠片を噛むのさえ忘れていた。
そこには自分の望むものがないからだ。

* * *

ホームルームの終わりを告げる挨拶をすれば山本・獄寺と別れ、並盛中学校を後にしようとしていた。
校門では風紀委員が生徒を1人1人チェックしている。
あの厄介な委員長がいないだけマシだと思いながら少し歩くスピードを上げて横切る。

グイッ

何か引っ張られる違和感を覚え振り向けば制服から手を離さない年下の少女。
身長は綱吉より低い140cm前後で小学生ぐらいだろうか。
手入れが行き届いた髪の毛と透けるほどに白い肌で、薄いピンク色の唇が呟く「沢田綱吉」と。

「え?オレのこと?」
いつもリボーンには知らない相手に話しかけられた時の対処を今更になって思い出す。
基本誰でも無視しろ・外見関係なく気を許すな・ビクビクするな
(実はこの子も暗殺とかそういう系!?)
急に不安に駆られビクビクしながら少女を見つめるが先程から寂しそうな顔でじっと見つけてくるだけ。
「迷子ってわけじゃなさそうだね……どうしたの?」
突然瞼を瞑って何も言わず黙り込む。
ランボとイーピンが家に来てから年下の子供の扱いにすっかり慣れてしまった。

咄嗟に
「ほら、何かあったのかな?」
あやすような単語が出てきてから自己嫌悪。
どうしようかと頭を捻っていると少女がポツリと言う。
「家に帰れない」
「道が解らないのかな?」
顔を横に振って違う、と、アピール。
「そうだなぁ……こんな所で会話なんて何だしオレの家いこうよ?」
すると不満はないようでコクリと頷く。
安心したのか溜め込んでいた息を一気に吐き出す。
「ありがとう」
そして嬉しそうに笑う顔に綱吉は見とれてしまい、先程彼女がしたように首を左右に軽く振る。
家にいる子供の感覚と錯覚してつい手を握ってから事の重大さに気づく。
(あ!女の子が手、繋ぐのとかやばいかな……!)
だが、振り払うことも嫌がる表情もない。
ほっとしてこっちだよ、と歩き出す。

「お父さん……」
呟きは掻き消され、一瞬水が頬を伝った気がしたのは一瞬だけ。

 

「はい、どうぞ!」
「ありがとう、いただきます」
目の前に出されたオレンジジュースを一気に飲み干すと喉に潤いが戻ってきた。
「えっと、君の名前は……」
は一瞬口を閉じてから「偽名」とぽつりと言う。

父親から何かあったら本名を安易に名乗ってはならないと言われていたからだ。
「偽名ちゃんか。君はオレのこと、どうして探してたの?」
こういう所も同じだ、少し俯き心にぼんばりと思う。
父親には隠し事が出来ないのだ、大半のことはすんなり当てられてしまう。
だが、この質問は随分厳しいものだ。
これも父親から時間軸に過激に干渉する行為は禁止と言われているからだ。

もちろん一部例外はある……の、だが、この状況では言わないと自分が行き倒れになるという危機が迫っている。
「10年バズーカで飛ばされて帰れない……」
「……ええ!?」
叫び声が響いたと思うと、綱吉は急いで家中を走りまわってあの生意気な仔牛を探す。
居ないということは、出かけているのだろう。
基本今までバズーカで入れ替わっても自然と元の姿に戻った。
「でもさ、待ってよ!もう5分以上経ってるよ、ね……?」
家までの下校時間だけで20分以上経過してるだ。
「もしかして……故障!?」
やばいやばいやばい、綱吉は心で何度も何度もその言葉を繰り返す。
お名前(女)も元の時間軸に返れず困っているわけだし、綱吉も戻す手立てをしらない。
((どうしよう…………))
2人は顔を伏せて項垂れるだけだった。

故障とはいえ、長時間飛ばされて戻って来れない経験など今までない。
「何暗い顔してんだ?」
ジャンプで窓から部屋に入ってくる赤ん坊を見て綱吉の顔が微かに明るくなる。
「ちゃおッス!」
その挨拶を聞いてお名前(女)は昔も今も変わらないんだな、と納得してしまう。
「リボーン!」
「そういや、見ない顔がいるな」
「―あっ!!」
視線を感じると、奇怪な声を漏らし勢いよく後ずさりしてリボーンとお名前(女)の距離は広がる。

「リボーン、偽名ちゃんが10年バズーカで飛ばされたんだけど戻されなくて困ってるんだ」
「ならこの家に住めばいいじゃねぇか、そうだろツナ」
提案ではなくこれは命令というのがその場にいる全員が把握していた。
「オレからママさんに言っておいてやるから、ツナは偽名の買い物に付き合ってやれ」
「うん、わかった……。じゃあ行こうか偽名ちゃん」
「うん」
お名前(女)が再び視線をリボーンへ向けると、相手とバッチリ目が合う。
体を強張らせて逃げるように玄関の方へ急いで向かう。
「それじゃあ行ってくるねリボーン」
「あぁ、気をつけろよ」
窓から出かける姿を見て思う。
(変なもんが来ちまったようだな……)

 

夕暮れの商店街を歩く。
リボーンの提案で一時的に家に住むことになったが綱吉は不安で堪らなかった。
「お買い物、ありがとうございます」
お名前(女)が少し恥ずかしそうにお礼を言う。
「いいんだよ偽名ちゃん!家に結構居候いるから」
「うん」
お名前(女)は遠慮しがちに笑うと、不意にいつも感じている雰囲気を感じて走り出す。
「あれ?偽名ちゃん??ってああああ!!」
綱吉が叫ぶのも仕方がない、目の前には並盛町支配者である風紀委員長の雲雀恭弥がいるのだから。

雲雀も気づいたのか、狩る獲物を探す眼でこちらを見渡す。
「相変わらず群れてるね、君たちは。今日は別の子供の子守かい?」
「あはは……」
綱吉は反論することもなく、体はガチガチに固まって、唇は乾いた笑いを発する。
「ヒバリ先生って髪の毛、ツンツンじゃないの本当だったんだ」
「って偽名ちゃん何言っちゃってんの!?」
急いで綱吉がお名前(女)の口を手で押さえるが相手には確かに聞こえていたようで……雲雀の目線がお名前(女)に移動して、笑う顔は狂気が滲み出ている。
それは標的が変わったことを意味しており、綱吉は慌てるしか出来なかった。
「ワオ!この子も君のファミリーとかの一人かい?……礼儀がなってないね」
「まま、まままま待ってください、ヒバリさん!!」
嬉しそうに雲雀はトンファー振り下ろそうとするがお名前(女)は恐がる様子も見せない。
「そのぐらいにしてやれ、ヒバリ」
声が聞こえるとトンファーはお名前(女)の顔面の数cmで止まり、腕は何事もなかったのように下ろされた。

綱吉は急いでお名前(女)の腕を後ろに引いてヒバリと距離を保つ。
「やっと正体が出たな偽名」
「なんだい赤ん坊、君はその礼儀のなってない子供に興味があるのかい?」
ああ、と軽く返事をしたと思うとニヤリと嬉しそうに笑いながら言う。
「もしかしたらヒバリ、意外にもお前にも関係あるかもしれねぇぞ?偽名、お前何モンだ」

「私はボンゴレ11代目候補の沢田お名前(女)」

沢田ってオレの苗字じゃん!

声にならない叫びが自分の脳内にだけ響く。
「えぇ!どうなってんだよ、未来のオレ!!」
つい本音を口に出してから、偽名もといお名前(女)を見る。
頭を抱えてこの場からすぐ逃げ出したい、だが現実と恐い家庭教師はそれを許さないだろう。

自分の苗字を名乗ったこと
未来の自分の娘であること
リボーンが何故解ったのか
雲雀の対処

いろいろありすぎて綱吉はどこから突っ込んでいいのかわからない。
「ねぇヒバリ先生、今度遊びに行っていいですか?」
何も言わず無言のまま学ランを翻して歩く姿を見て嬉しそうなお名前(女)をしたのを見たのはリボーンだけだった。