学校に入学したばかり、中学からクラブユースに所属できることが嬉しくて。
俺は友達なんて作る気など全くなくて、学校が定時になったら、すぐにクラブユースに向かう。
今とあまり大差ない日々を送っていた。
片道何十分と掛かる電車を乗りついてたどり着く、あんな遠い土地で、学校の制服を着た女の子を見るまでは。
友達と買い物やただの用事かもしれない。
だが、彼女はただ川原で佇んでいるだけ。
そんな光景を何分と見つめていたら、相手も気づいたようで――不思議な眸をこちらに向けた。
あの事件から3日過ぎた。
お名前(女)は、結局学校に戻って来ることはなく、夏休みに突入した。
一馬は東京選抜やクラブユースの練習にも出ているが、調子が落ちているのは確かだった。
お名前(女)は病院から帰ってきてから部屋に引き篭もっていた。
呼び鈴が鳴ると急いで玄関へ向かいドアを開けると、親友の友人のお名前の姿があった。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃない! 心配したんだからね~?」
「……本当にごめんなさい」
「だからお詫びに夕飯作ってもらおうかなっと思ってきたの」
「うん!」
東京選抜の練習も終わりユニフォームから着替えるが、一馬は上の空。
「一馬、最近調子落ちてるよ? 何かあったでしょ?」
同じU-4郭英士に言われても「学校で好きな子が病院に運ばれました!」など、言えるわけがない。
逆に問い詰められるか、英士なら倒れた人間を簡単に貶してしまうかもしれない。
「別に何も無いけど……」
「嘘だね。一馬って嘘つけないタチだもん」
「…………」
「なに膨れてんだよ!」
既に着替えが終わって、背中を叩きながらからかったのは結人だ。
「最近、一馬調子悪いでしょ?」
「あ~……そういえば結構ミスしてるよな」
「理由を聞いてたところ」
英士と結人で会話している間も一馬はお名前(女)のことを思い出していた。
学校が終わって以来も、家にお見舞いは行っていない。
会っても――どういう顔をすればいいのか解らなかった。
「あ~、分かった! 一馬、彼女の事だろ?」
考え事をしていても、手はちゃんと本能で動いてるようで、着替えが終わった一馬を笑う。
彼女、と今考えていた人間をつい結び合わせてしまった一馬は声を上げる。
「違う!! あいつとはそういう関係じゃない!!」
その場にいたメンバーは着替えの手をとめたり、飲み物を口に運びながら、一馬を何事かと思って見た。
大きな声を出したことに気づいた一馬は、視線にも周囲の視線にも気付き、俯き加減で帰り支度を進める。
「あいつって?」
沈黙を破ったのは英士で単刀直入に本題へと入る。
「え?!」
「そうそう、一馬! あいつって誰?」
自分の発言を振り返ると明らかに誤解を生んでいる。
顔を真っ赤にして、再び俯くしか出来なかった。
「……――分かった、今日言うから」
「んじゃ決まり。 結人、大丈夫だよね?」
「当たり前だろ? なら、どっか寄ってくに限るな!」
先ほど来た友人のお名前に今日の夕飯を参考程度に聞く。
「友人のお名前、何がいいかな?」
「う~ん……最近、中華も食べてないしな……」
腕を組んで頭を捻って、う~ん、と考えるがそこまで夕飯つで拘ることもないと感じてしまう。
「なら、中華ラーメンに決定」
「まぁいいって事にしておきましょう」
悩みが解消され、居間のソファーに座りTVの電源を入れる。
「それより、お名前(女)は真田にあれ以来会ってないの?」
「あ、うん……」
「そっか……」
「あんな場面見せちゃってびっくりしただろうし……悪い事したと思ってる」
一馬を屋上へ導いたのは自分なのに、お名前(女)はそのことを知らない。
「夏休み中にでも電話で謝ろうかなと思ってるんだけど友人のお名前はどう思う?」
「……その方がいいかもね」
「やっぱり?」
「あのさ……」
点けたTVから流れる笑い声や音楽が、喋らない空気を和らげてくれる。
「真田を屋上に行くように行ったの、私なの。 ごめん……」
お名前(女)の野菜を切むリズムに乗った音が止んだ。
そのまま野菜が切り辛かったとでも言い訳すれば誤魔化せたかもしれないが……。
包丁を握る手や、切っていた人参がぼやける。
「ありがとう」
「一馬の調子が悪い理由……聞かせてもらおうか?」
ここは近くのファーストフード店。
夕飯代わりに、それぞれ注文したハンバーガーがある。
練習後だけあって、結人と英士は多めだが、一馬は食欲もくて注文しなかった。
「だから、その……」
「一馬! 早く言えよな?」
結人が急かすものの、それを見て英士が静止する。
「結人……あんまりそんな事言っちゃダメでしょ?」
「わかったよ……」
そんな中、一馬はどう切り出していいか迷っていた。
目の前にあるハンバーガーを、今日何度目かの見つめてため息をついた。
「だから、学校のクラスのやつ事で」
「学校??」
「何で一馬の調子が落ちてるのと学校のクラスメイトと関係あるんだ?」
結人はポテトを口に運びながら笑顔で聞く。
外はカリカリで中はホクホクあげたての美味しさが口全体に広がり、ますます笑顔になる。
「その俺、好きな奴がいて……」
「え?」
「……?!」
結人は口に食べていたポテトを喉に詰まらせ、英士は飲んでいたコーラを噴出しそうになる。
「そんなに可笑しいかよ」
「そういうわけじゃ……。とにかく、始めから話してくれるよね?」
視線は合わせないまま、一馬はお名前(女)と友人のお名前の事、そして3日前に起きた事件を全て話した。
2人とも真剣に聞いてくれて、全てを話したらすっとしたのが解る。
英士が先に重い口を開く。
「そんなことがあったのか~」
結人は視線を外の風景へと逸らした。
「でも一馬、俺の意見としてはそのお名前(女)って子は諦めるべきだね」
「なんで!」
英士のことだから、厳しく言うとは思っていたが、実際に言われると辛い。
結人は予想通りだったようで、驚かなかった。
「……理由は?」
「それは親友として問題が多そうな子と付き合って欲しくないからだよ」
それを聞いて結人はすかさず付け加える。
「一馬がそのお名前(女)って子のことを好きになったんだから、どんな子でも応援してやる――っていうのが親友だろ?」
「付き合う前に良し悪しの検討がつくならば、芽を摘み取るのも大事だよ?」
結人のその言葉は英士には届かず、言葉を跳ね除けてしまう。
「一馬は本当にそのお名前(女)って子が好きなの?」
「それは……」
夕飯の中華ラーメンを食べ終わり、2人は音楽番組を見ていた。
「ねぇ、友人のお名前……」
「どうしたの?」
「真田君の携帯の番号って知ってる?」
「……知ってるけど?」
「なら、教えてくれる? お願い!」
手の平を合わせて仏に頼むようにする。
「一応、理由も聞いておきますか」
「だから、謝っておいたほうがいいと思って……早いほうがいいでしょ?」
「……わかった」
鞄から携帯電話を取り出し、ディスプレイに“真田一馬”と表示されたままの電話番号を出して差し出す。
そのまま電話するのも気が引けたので、自分の携帯電話に入力してから――震える指で通話のボタンを押した。
それは、から一向に話が進まない一馬の携帯電話の着信音が響く。
鞄からを取り出してみると、番号が表示されてるが名前は無い。
出ないのも気分が悪く、通話ボタンを急いで押した。
「もしもし?」
『あ……真田君?』
「え? そうだけど……」
『あの名字 お名前(女)だけど、分かる?』
「え?! 名字?」
“名字”という単語を2人は聞き逃さず、英士と結人は顔を見合わせた。
『あの、急に電話しちゃってごめんね……。3日前の事、謝りたかったから。本当に迷惑かけてごめんなさい……ありがとう』
「俺は……」
『もしかして、今外で誰かといる?』
「なんで?」
『話し声、聞こえたから……邪魔しちゃってごめんね』
「え、おいっ!」
『あ! あと、番号は友人のお名前から聞いただけだから、それじゃあ』
一方的に通話を切られて、一馬は居て立ってもいられなかった。
急に立ち上がると荷物を持って駅へと急ぐ。
英士の言葉も聞こえないようで、残された2人は急いで一馬を追いかける。
2人は定期があるからいいものの、切符を買わないとホームには入れない。
その前に結人が鍛えた足をみせ、一馬の腕を掴む。
「一馬!!」
「あれ?」
「“あれ”じゃ無いでしょ……どうしたの急に」
「ごめん! 今から俺、名字の家に行くから」
英士の表情は変わらないままだったが、結人はさも嬉しそうに笑う。
「一馬の家に止めてもらえれば問題ないよな?」
「そうだね……」
そこで張り詰めていた英士の顔が和らいだ。
「これでも食べて落ち着けって!」
「あ! ああ……」
結人はファーストフードに忘れてた自分のハンバーガーを渡して、なんとなく冷静になった。
電車から降りると英士は一馬に話し掛ける。
「一馬……そのって子の家は知ってるの?」
「あぁ、一応。5日前に行ったから」
「へぇ~行った事あんるんだ?」
少し笑いながら結人が言うと、一馬は顔を真っ赤にして早足になる。
「そんな事どうでも良いだろ!」
庭の手入れも行き届いている質素な家に、3人はいた。
「一馬、ここなのか?」
結人が一馬に問うが、それに答えずに家の呼び鈴を押した。
「はい……って真田君?!」
「あれー? 真田じゃんどうしたの?」
友人のお名前もひょっこり、お名前(女)の後ろから顔をみせた。
「……真田君後ろの人たちって友達?」
「あ、ああ……」
一馬は後ろを向いて頷く。
「俺、若菜結人! よろしくなっ」
「俺は郭英士。よろしく」
「4人ともよろしく、お名前(女)です。――って友人のお名前も挨拶しないの?」
「私はめんどうだからパス~」
それだけ告げる早々に居間へ戻ってくと、TVの音がしてきた。
「あー……とにかく5人とも上がって?」
テレビを見ていた友人のお名前は、5人を目だけで少し見た後、すぐにTVに視線を戻す。
「適当な所に座ってて!……お茶、入れてくるから」
そう言うと小走りで台所へ向かう。
友人のお名前は落ち着かない一馬に的を絞って、話しかける。
「真田、どうして急に来たりしたの?」
「それは――」
「電話が着たから、でしょ?」
一馬の反応を見て結人がフォローを入れる。
「それもあるけど、サッカーの練習が終わった着替えてる時に一馬が『違う、あいつはそういう関係じゃない!』って大声で叫ぶからさ~」
その光景を結人は思い出して、再び吹き出した。
向こうからお名前(女)がお茶を運んで来るタイミングを見計らって、話の内容を変える。
「そういえば、真田ってサッカーしてるんでしょ?」
「そうなの? って事は郭君と若菜君もサッカーしてるの?」
「真田のポジション? ってやつは?」
「FWってところ」
「ふぉあーど?」
お名前(女)はサッカーというスポーツ自体は知っていても、具体的なルールやポジションまでは解らない。
それに気が付いた、英士が説明を始めて、比較的4人と話題は続いた。
「やっぱりサッカー好きだしやってるだけあって説明上手いね!」
時計を見ると8時55分を過ぎていることに気付き、話を中断させて友人のお名前に問う。
「友人のお名前、今日は何時に帰るの?」
「今日? ああ、泊まってく」
「でも荷物は?」
質問すると荷物がある場所を指差され、呆気に取られる。
(用意周到というか、でも憎めないな)
「おばさまに行ってきてあるの?」
「うん! だってお名前(女)の朝ご飯、豪華なんだもん」
「そう~?」
目当てはそれか、と思うと、一馬から質問が飛んでくる。
「名字って料理できんの?」
「うん、多少は」
鋭く付け足しのように、多少じゃなくてかなり!と、言われて苦笑いしてしまう。
「でも、あんまり美味しくないんだって!!」
手を左右に振りながら否定するが、再び追い討ちを掛ける。
「私は結構、食べに来てるけど中華、和食、洋食なんでもOKだもの」
「食べてみたいなぁ~!お名前(女)ちゃんの料理~」
「なら今度、5人で食べに来る?」
「え? いいの?」
「なら、明日がいいなぁ~! いいよな、一馬、英士」
「じゃあ、明日なら練習帰りに来ればいいよ」
そこで会話を切ると5人はの家を出た。
「一馬」
結人が名前を呼んだ後に続ける。
「なんだよ……」
「明日もこれでお名前(女)ちゃんの家に行く口実になったな?」
それを聞いて眼を見開くが、さっきの光景を思い出すと、ますます胸が痛くなる。
ポジションの説明の時だって英士と結人と楽しそうに話してた。
冷静に堪えなくてはいけないと思っていても、結人の話は続く。
ここまで心配で来てくれたのも事実で――。
「俺、お名前(女)ちゃんのこと気に入っちゃったぜ! なんてな! 一馬?」
今日は大声を上げることが多い日らしい。
「ふざけんな!!」
深呼吸するつもりが、息を吸い込んだ、そのままがダイレクトに声に繋がった。