お名前(女)は机にストーンやステッカーを散らかしたまま天井を仰いでいた。
この状態で早2時間が経過していた。
軍人とはいえお名前(女)もれっきとした女の子。
おしゃれだって気になるが、船の中では軍服の着用を義務付けられて私服など滅多にない。
ならば手をつけられるところは髪と爪。
最近は日々の訓練以外にコーディネイター相手の実戦も増えた。
非番のうちに時間のかかるネイルをやってしまいたいのだ。
「お名前(女)、何してんの?」
横から顔を出したのはクロトだ。
両手に握られているゲーム機は彼の唯一の楽しみらしい。
船に乗っている強化人間はお名前(女)を含めて4人。
訓練と戦闘では誰かが失敗してお仕置きと言われる――薬抜きタイムが始まる。
強化人間は定期的に特殊な薬を摂取していないと戦闘はおろか日常生活もまともに送れない。
「あ~クロトか」
「僕じゃ悪いわけ?」
「そうじゃないんだけど……ちょっと相談していい?」
「え!?なに?」
クロトがこんなにも嬉しそうに返事したのはお名前(女)に恋をしているから。
周囲から冷やかされるほどに熱烈なアプローチを繰り返しているのにお名前(女)が気付くことはなかった。
意外に恥ずかしがり屋のクロトは好きとはなかなか言えず、これが毎日繰り返されている。
机に一列に並べられているカラーポリッシュを指差しながら言う。
「マニキュア?」
「うん。何色が良いと思う?」
「何でもいいんじゃない?」
素っ気無く答えてしまったかもしれない。
クロトは休憩時間をお名前(女)とゲームをして過ごしたかったのだが、この様子では当分無理だろう。
仕上がるまで1人でクリアできるところまで進むしかなく、ゲームの電源を入れた。
「何でもって……良くないよ」
「だって僕、塗ったことないもん」
「それもそうだよね~。なら、これにしようかな」
お名前(女)は不貞腐れながらは淡い緑色のカラーポリッシュを取る。
部屋にあるベッドに横たわりながら横目で作業を見る。
電源を入れてまだ1分も経たないがコンティニューは3回目だ。
「あ、駄目!それは駄目!」
「え??」
クロトが急に取り上げるのでびっくりしながら素直に渡す。
(全然乗り気じゃなかったのに変なの)
「とにかく!緑は駄目!」
クロトはから緑のマニキュアを取り上げた。
「えー何でですか~~?クロト君~?」
「その、それは……」
(シャニの髪の毛の色だろー!!)と思ったが恥ずかしくて口に出せない。
「えー?じゃあこの色は?今は夏だし時期的にも合うと思うんだけど……」
お名前(女)の直感で選んだ色は黄色。
ゲームを放っておいた状態でクロトは、そのボトルも取り上げる。
中断ボタンを押してなかったから音が永遠と流れ続けているが、知ったものか!
「こっちも駄目!」
「もしかして私に似合わない色とか?」
(それともセンスがないってこと?)なんて考えたら涙が出そうになる。
軍人である以上お洒落などできないが、気になるものは気になるし今まで必死だった。
(あー、センスもないし。軍人としての腕も悪い。私って救えない……)
「そうじゃないけどさ」
「じゃあ、クロトが選んでよ!!」
並んだ中から無言でオレンジ色を差し出しす。
「……」
「オレンジ色?」
「だから、僕の――」
「僕の?」
「髪の毛の色だから!!」
それだけ言うとベッドに投げてあったゲームを持って部屋から飛び出て行く。
嵐のように去ったクロトが出て行った扉が自動で閉まると選んでもらった色を見つめた。
「オレンジ色がクロトの髪の色……」
最初に選んだ淡い緑色はシャニ、黄色はオルガと考えれば大騒ぎした理由も理解できる。
「そっか、だから止めたんだ。でも、あんなに照れてるクロト初めて見たなぁ」
お名前(女)はオレンジに合いそうなストーンとステッカーを揃えてからベースコートを塗り始める。
クロトがそのネイルを見て嬉しくてお名前(女)に飛びついたのは翌日のこと。