ガチャン!!☆
気付いた時には遅く――電話を切っていた。
こんな行動をするなんて自分でもびっくりだ!
叩きつけた後で受話器が壊れていないか心配になった。
再び受話器をあげても、ピーと音が聞こえて胸をなで下ろす。
一応点検してみても部品が飛んでいったとか、破損した様子はない。
電話台の真ん前に掛かっているカレンダーは14日に赤い丸印がされていた。
遊戯が高校を卒業したのは去年の春。
友達はバイトや留学と進路を決める中、一人だけ地元から離れた大学に進学した。
心配性の双子の兄がたまに遊びにくるが、ようやく慣れてきた。
そして恋人も――ちゃんといる。
海馬瀬人は高校時代の同級生で、立派な会社の社長らしい。
インターネットで海馬と引いたら一発でホームページが出てきて、顔写真が掲載されていた。
テレビでも注目の的で頻繁に目にする。
ワイドショーで様々な効果音と共に紹介されている海馬を見た日は笑ってしまったことを覚えている。
そんな人間が自分の恋人だなんて冗談だと自分で思う時がある。
海馬が仕事で忙しいことは重々承知、だからこそ恋人になって初めてのイベントで楽しみだった。
こんなイベントを楽しみにしてるなんてお子様なのか、女々しいと思われるのか……。
どちらにせよ、結果的にドタキャンされたのだ!
しかも受話越しに女性特有の高い声が聞こえてからは、動悸が止まらなかった。
(取引先の人かもしれない。もしかしたら会社の人かもしれない……。)
おかしな妄想ばかりしてしまい、大切な人を信じられない自分が恥ずかしい。
自暴自棄で一日かけて作ったチョコレートをラッピングを解き、自分の口に投げ込む。
甘くて美味しいチョコレートは、やはり海馬に食べて欲しかった。
遊戯は布団を被ってから、涙を拭った。
どの位経っただろうか、枕を触ると湿っぽい…あのまま泣きながら寝てたらしい。
ガタンガタンと、玄関の方から騒がしい音で現実に引き戻される。
次に呼び鈴が何度も鳴って、時計を見れば真夜中の3時だった。
煩くて寝ることもできず、遊戯は素足で玄関に向かう。
ペタペタと響く音が嫌に不気味だ。
フローリングの冷たさが、足の裏から全身に広がった。
「どちら様でしょうか?」
「俺だ! 海馬瀬人だ!」
「海馬くん!?」
急いで扉を開けるとスーツにコートを羽織った恋人が――そこにいた。
一気に室内に入り込む風は冷たく、何か羽織ってくればよかったと後悔した。
吐き出す息は真っ白で、海馬の肩には僅かだが雪が積もっていた。
「風邪引いちゃうよ!?」
「構わん。出かけるぞ!」
「ちょっと待ってよ! ボク、火元とか戸締りとか、着替えだって……」
「えぇい、磯野! 遊戯の代わりにみてこい!」
スラリとした腕が腰に回され――横抱きにされた。
急に視界が反転した遊戯は急いで海馬のコートに捕まりながら悲鳴を上げる。
「海馬くん!! 待って!怖い怖い!!」
よく横抱きにされることはあるのだが、浮遊感に慣れない。
普段から大事にしてくれる海馬が自分の不注意で怪我させることなんてありえない。
「遊戯、うるさいぞ」
「あ……ごめん」
黒塗り高級車に押し込まれると、暖房が効いてて温度は丁度良い。
座席に下ろしてもらっても、腰に回された腕は解かれることはなく、ドキリとした。
「海馬くん、お仕事……」
「急いで終わらせてきた」
「えぇ!?」
驚いた声を上げた遊戯は、嬉しそうというよりは……真っ青だった。
不機嫌な表情になったことに気づいて、急いで弁解する。
「あのね! 海馬くん……。ボク、チョコ…食べちゃったんだ! ごめんなさ、いッ~~~!」
遊戯の頬を抓る姿は、普段大人びてる海馬からは想像がつかない。
痛いとペチペチ手を叩くとようやく指を離してくれた。
自分の手で触るとヒリヒリしてほんの少しだけ痛い。
「覚悟しろ」
「あー! ちょっと待って!」
「只今戻りました!」
ドアが開くと短時間とはいえ降り積もった雪が地面に落ちる。
海馬が舌打ちしたことに気づき、遊戯はぎゅっと手を握った。
「海馬くん……大好きだよ」