02 その手に隠したエース札を出してごらんよ

翌日、遊戯は深夜まで悩んだ末に作ったデッキを海馬に渡した。
隅から隅までチェックしていく視線は鋭く、妥協などできない――そう訴えているようだった。
表情は硬いままで目まぐるしく動く眼球にドキドキする。
「ふぅん……なるほど……うまく考えたな。バランスも取れている良いデッキだな」
「うん、ありがとう!」
「では早速スターターデッキを作ってもらうぞ」
それを聞いて遊戯は
「え?」
と、拍子抜けした声をだした。
その声に海馬も不思議に思ったらしく、表情を崩さないまま遊戯を見つめた。
「どうした?」
「デュエル……はしないの?」
「“オレ直々に実力を測る”とは言ったが実際にデュエルするという意味ではない。どんなデッキを作るか見たかっただけだ」
遊戯にとっては海馬と初めてデュエル出来ると思うと勝ち負けではなくすごく嬉しかった。
(ボクはもう一人のボクみたいに強くない)
そんな胸の内を察したようで海馬は目を泳がせる。
「遊戯、貴様は“強い”。きっともう一人の遊戯よりもな」
<遊戯>より強いかは定かではないが、海馬のその言葉で胸を撫で下ろした。

応接室として使っている部屋に遊戯を連れ行き、カードがぎっしり詰まったジェラルミンケースを手渡したのがその出来事が今から3時間ほど前のこと。
仕事もひと段落つき、応接室に入るとカードが机に置いてある状態で遊戯はソファーで別世界の住人になっていた。
すっかり熟睡していて遊戯のことだから深夜までデッキを組んでいたのだろう。
机に並べられているカードに目をやると、初心者向けで使いやすいものばかりだ。
遊戯に近づきそっと髪を触ると、同い年なのにずっと幼く感じた。

今のうちにもっと触れてみたいと思うが、一体どこを触ればいいのか思い浮かばない。
が、目覚めた瞬間、もう一人の遊戯だった時の想像をしたら寒気がした。
もう一人の遊戯に触れたいとは思わない。なによりあの瞳が嫌いだ。
名も無きファラオだか知らないが、王というだけあり、こちらを見下すような視線と口ぶり……デュエルだけで十分だ。
最も、もう一人の遊戯も海馬とつるむなんてまっぴら御免だろうが。

「ん~~……海馬くん? ボク、途中で寝ちゃって」
急いで身体を起こして、瞳を擦りながら海馬を見る。
「本当にごめん!すぐに作るね!――海馬くん?」
カードに手を伸ばす遊戯をまじまじと観察しながら海馬は言った。
「寝不足なのだろう? こちらも急がせるつもりは毛頭無い。また来て考えればいいだろう」
密着するように真横に座った海馬はグイッと遊戯を引き寄せる。
言葉を発する時に僅かに見える白い歯、その先にある舌を喰らいたい衝動に駆られ、海馬は顔を遊戯に近づけ――胸の鼓動が早くなるのがわかり、呼吸をするのも緊張した。

距離を取ったのは遊戯で、瞬きをしながら吐いた。
「えっと……僕、ごめんなさい!」
何に対しての謝罪か自分でもわからぬまま、ソファーに置いてあった鞄を掴んで無我夢中で応接室を飛び出してエレベーターへ飛び乗った。

「急ぎ過ぎたか」
こんなことなら寝ている間に触れておけばよかったと思いながら、遊戯が並べたカードを見つめた。

 

“あんなコト”があり、夕飯で好物が出てもさほど手をつけずに終わった。
遊戯が知る海馬は城之内や遊戯が関係すると機関銃のように喋り、見下すように笑う。
プライドも高く傲慢だが弟思いの人物だ。
そんな人物の、真剣でビジネスのワンシーンの表情を見ることは少なく、意外だった。
(そういえばもらった名刺、どこいったんだろう)
横たわっていたベッドから上半身を起こして机を見つめた。

貰った名刺は翌日には消えていた。
携帯電話に登録した後、机の上に置いたはずなのに……不用心なことをした。
引き出しの中にでもしまっておけばよかった。

海馬のことなど考えなければいいのに、思い出してはため息をつく。
「相棒」
少しトーンの低い声で不用心が遊戯を呼ばれ、ドキリとして振り返る。
「もう一人のボク? どうしたの?」
「少し、部屋で話さないか?」
部屋――それは<遊戯>の心の部屋だ。
2人が唯一共存することができる、相手に触れることができる唯一の場所。
玩具が散らかった遊戯の部屋の壁に不釣合いな金属製の扉、その先が<遊戯>のテリトリーだ。

「もう一人のボク!」
「相棒。急に話しをしたいなんて言ってすまない」
「そんなことないよ! 今日は海馬くんお手伝いでもう一人のボクともあまり話し出来なかったし……」
海馬という言葉に<遊戯>が反応したのを、遊戯は気づかなかった。
誰と話しても頭に浮かぶのは海馬のこと、これではまるで恋をしている乙女か……ストーカーではないか。
「海馬くん、何だか変だったから帰ってきちゃったよ」
「相棒は……海馬が、好きなのか?」
「付き合ってみると意外に優しいところもあるよね、ボクは好きだよ? 城ノ内くんは激怒しそうだけどね」
<遊戯>は少し嬉しそうに海馬のことを語る姿を見ていられなかった。。
ほんの少し前まで照れた笑顔も寂しそうな表情も、泣き顔だって、全て<遊戯>が独占していたのに!
「相棒」
名前を呼んだ直後に<遊戯>は遊戯の腕を掴む。
「わっ……もう一人のボク?」
遊戯の問いに<遊戯>は答えなかった。
急に引っ張られて足が縺れそうになりながら引きずられる形で、迷宮の1つの扉の中へと遊戯を押しこむ。
外からの灯りが逆光になり<遊戯>の顔がやけに暗く見える。
「海馬には……海馬だけには相棒は渡さない」
「何のこと? 何言ってるのさ」
震える両手を優しく<遊戯>はそっと包み込みながら、耳元で囁く。
「相棒……オレを見て欲しい。オレだけを見て欲しいんだ」
暗示のような言葉が聞こえても、遊戯は俯いたまま何も答えなかった。

 

遊戯が海馬コーポレーションを飛び出してから、簡単な挨拶が書かれたショートメッセージを受け取っていたことを思い出し、一度連絡したっきりだ。
返信はないが、だからといって臆する気もなかった。

海馬が童実野高校に登校したのは、遊戯と休日に会ってから2週間以上経ってからだ。
昼休みに差し掛かった頃、教室に姿を見せると城之内は酷く引きつった顔しながら文句を並べてきたが、無視してそのまま席についた。
“遊戯”に視線を向けると遊戯ではなく、もう一人の遊戯だった。
「……でよ~!」
「でも城ノ内くん、それだと……」
午後の授業が始まるまで読みかけの洋書を開き、時間をつぶす。
たまにビクビクしながら遊戯が寄ってくるのだが、それがない日は寂しいとさえ思う自分は重症だと思う。

遊戯と行動を共にすることはない。が、わかることもある。
<遊戯>をいつも気にかけていることだ。
仲間を大事にする傍ら<遊戯>への想いは人一倍強く、どんな時でも味方で身を案じていた。
そして<遊戯>も入れ替わっていても遊戯を気にしていた。
だから不特定多数でいても見えない誰かに話しかけている。だが、今日はそれがない。

洋書から視線だけを壁時計に移すと、午後の授業まで20分程あった。
席を立って真っ直ぐに<遊戯>の元へ行くと、城ノ内が吠えるがそれを無視して本題に入る。
「“遊戯”……用がある。ついて来い」
「……あぁ、いいぜ」
それはお願いでも命令でもないが、海馬は<遊戯>が断らないと知っていた。

屋上に連れ出して、先に口を開いたのは<遊戯>だった。
「それで用はなんだ? デュエル以外でお前と過ごす気はないから、早く済ませてくれないか」
「ならば単刀直入に聞こう、遊戯はどうした?」
「相棒に用事なら今度にしてくれないか?」
向きを変えて出入口に向かう<遊戯>を海馬は止めることはしなかった。
「ククク……そうやって貴様はいつまでも逃げるのか――オレから、遊戯から」
逃げる――このキーワードは絶対だ。
負けを嫌い、嫌なものから目を逸らしもう一人の遊戯を反応させるこれ以上のものはない。
「どういう意味だ、海馬!!」
教室から<遊戯>を一人連れ出す条件さえクリアできれば勝てると海馬は確信していた。
野次馬という名の仲間がいると<遊戯>はクールなのに、引き離せば彼は簡単に挑発に乗るとても子供なのだ。
「不本意だが貴様を観察していたが遊戯と会話している様子はなかった。遊戯はどうした?」
「お前には関係ないことだ」
「あの一件以来、音沙汰内のは奴の性格上ありえないことだ。要約すると遊戯はこの世界と遮断されている。非ィ科学的だが、貴様らのオカルトグッズならどうとでもなりそうだな」
「……」
「反論もできないか。貴様はオレと遊戯の関係に嫉妬していた――違うか?」