01 キミの心の謎を解く方程式

童実野町で行われていたバトルシティは無事終了し、<遊戯>がキング・オブ・デュエリストになった。
帰る時もトラブルの連続で、仲間全員疲れが限界だった。
何日か休んで疲れを取りたいと思ったがそんな必要はなく、久しぶりに自分のベットで寝た朝は天気も気分も爽快だった。

「おはよー、皆」
挨拶すれば確かに返ってくる声、それは“もう1人のボク”のおかげなんだと実感する。
「おっす!」
「おはよう、遊戯」
城ノ内はあの大会の後、念のため入院して大事を取ったが、医師も仲間も納得する健康状態からすぐに退院してきた。
御伽はアメリカへ帰ったし、マリクたちもエジプトへ戻った。
そして、よく掴めないあの人も――。
「どうした? 遊戯」
「え? あ、ごめん……ちょっとボンヤリしてて」
いつも自信満々で、好きなことにはとことん真剣で、酷いこともするけどイマイチ掴めない人。

放課後は珍しく1人で帰っている。
杏子はいつものバイトで、本田は愛犬・ブランキーの用事があるらしい。
城ノ内は妹と会う予定があると、授業が終わったら教室を飛び出していった。
獏良は家でコツコツ作り続けている作業が捗っているらしく、不足した材料を買いに行くらしい。
明るかった太陽は町の向こうへ消えて夜という闇が包むように広がる。
それはまるで――<遊戯>が寝静まった後に訪れる静かな心のようだった。

「何をしてる」
響き渡った怒鳴り声に、遊戯はドキリと反応して声のした方向を向く。
黒いリムジンからこちらを見ているのは同じクラスメイトの“イマイチ掴めない”人で――
「海馬くん?! アメリカにいたんじゃないの?」
「予定が狂って仕方なく帰国しただけだ」

海馬コーポレーション社長・海馬瀬人。この国――いや、世界で知らぬ人はいないだろう。
世界規模で流行しているデュエルモンスターズの話題で彼が登場しないわけない。
社長就任した年齢を踏まえるとやり手であることに違いない。
海馬と<遊戯>は宿命のライバル――張り合える人がいて羨ましいと心底思う。
「さっさと乗れ」
「え?」
「家まで送ってやると言ってるんだ」
「ええ? ここから家までそんな遠くないし、大丈夫だよ?」
「ふぅん、オレの厚意を受け取れないと?」
「そういうわけじゃなくて……」
高校生に不釣合いのリムジン。やましいことがないのに緊張して汗が出る。
「――さっさと乗らんか!!」
リムジンのドアが開き、海馬に腕を引っ張られて折り重なるように車に乗っていた。
(あ~~~っ!!!)
何事もなかったようにリムジンは静かに走りだした。

車内は静かだった。
お互い何をするでもなく時間は過ぎていく。
気まずいのは自分だけと分かっているが、話題が全く見つからない。
「海馬くん、送ってもらっちゃってごめんね。助かるよ」
「社へ行くついでだ。気にすることはない」
「そっか」
「…………」
「…………」
再び車内は沈黙へ戻った。

「気になるものでもあるのか?」
「あぁ……」
遊戯は無意識のうちに車窓から沈む夕日を見つめていた。
「夕日はもう一人のボク。沈む景色が、ボクとあっという間に別れる日がきちゃいそうで……名残惜しいってこういう気持ちなのかな」
「くだらん」
彼はそういうと思ってた。いつも自分のロードを未来へ歩んでいる。

「着いたぞ」
「ありがとう!」
「これも持っていけ」
懐から紙とペンを取り出してサラサラと書く姿は同い年とは思えないほど大人だった。
それを差し出されたものだから何も考えずに受け取ってからリムジンから降りると、直ぐ発進して姿は見えなくなった。
渡されたそれをよく見ると、海馬コーポレーション代表取締役社長の肩書きと海馬瀬人という名前が書かれており、その下には住所と電話番号……どうも名刺のようだ。
厚紙を撫でると触り心地が良く、彼のことだから紙の材質にも拘っているのだろう。
本来白紙のはずの裏面に直筆で携帯電話の連絡先が書かれていた。

やっぱり彼はイマイチ掴めない。
「寂しかったら連絡しろ」

 

その日の夜、遊戯は受け取った名刺を見つめていた。
「相棒、そんなに気になるのか?」
千年パズルが光ると後ろ<遊戯>が覗き込む。
「んー海馬くんって僕たちにも優しかったかな?――ってこんなこと言ったら失礼だね」
苦笑いしながら遊戯は普通に答えたつもりが、それを見て<遊戯>は不機嫌そうに言う。
「そんなことないと思うぜ? じーちゃんやオレたちにしたこと、忘れたわけじゃないだろ?」
「そうだけどさ」
遊戯は携帯電話を手に取り、再び名刺へと視線を落とす。
「あ、相棒? まさか電話するんじゃないだろうな!?」
慌てて<遊戯>は携帯電話を取り上げるような素振りをするが、当然奪い取れない。
その行動を遊戯は不思議そうに見た。
「?? もう1人のボク? 今日変だよ、君」
「変? オレはいつも通りだぜ!」
ゲーム(特にデュエルモンスターズ)と仲間のこと以外はとてもクールで、慌てる<遊戯>を見ることは珍しい。
「しないよ。教えてもらったから登録だけして……ボクのも教えないと誰かわからないだろうから」
<遊戯>が作った握りこぶしの中に汗をかいてることなど遊戯は知る由もない。
ショートメッセージに簡単な挨拶を打ち込むとボタンを押す。

「オレは相棒が好きなんだ!」
「ボクも、もう一人のボクのことが好きだよ?」
「ありがとう、相棒」
<遊戯>は時折こうして届かない想いを告げていた。
「ボクも好き」と返す遊戯が友情・家族としての好きであると分かっていても言わずにいられなかった。
いつもならその言葉で満足できるし気持ちが落ち着く言葉のはずが、今日はまだ不安が消えなかった。
「もう遅いから寝ようか」
「そうだな。相棒、今日は一緒に寝たい」
<遊戯>が後ろから遊戯に抱きつくが、もちろん感覚はない。それでもその行為が遊戯は嬉しかった。
「いいよ、一緒に寝よう」
布団に潜っても今日は千年パズルは外さない。
「おやすみ! もう一人のボク」

扉越しに遊戯が寝ているのがわかる。
千年パズルが淡く光り、そっと身体がベットから起き上がった。
机に置かれている名刺を手に取りグシャリと握りつぶす。
「相棒を……渡したくない……」

 

目覚まし時計で起きた遊戯はまだ眠そうに目を擦る。
「相棒、よく眠れなかったのか?」
ベットに座りながら<遊戯>は遊戯を覗き込む。
昨晩は千年パズルを外さなかったのできちんと眠れなかったと思ったのだ。
「そんなことないよ平気!――あれ? 海馬くんの名刺、どうしたっけ……」
「そんなことより遅刻するんじゃないのか?」
「あ!!」
鞄を持って1階へと走り、焼かれたトーストを口に加える。
それを見てママが「行儀が悪いでしょう」と言うが、時計に目をやるといつもより5分も遅れていた。
学校に遅刻するどころか友達と合流できない!
慌てて家からでると丁度杏子が目に入り、あちらも遊戯に気付いたようでトーストを食べてる姿を見て笑われてしまった。

その光景を<遊戯>はポーカーフェイスで見守っていたが、昨晩の行動と遊戯を想う感情に揺れていた。
皆と共に登校して学校から帰る途中で寄り道して……家では心の部屋で2人で遊ぶ。
今日も1日が普通に終わると思っていた。

「武藤遊戯様、お乗りください」
「急に困ります!!」
先程からこの会話が延々と続け、早10分は経っただろう。
「なんでオレ達は呼ばれないで遊戯だけなんだよ!」
リムジンの運転手の首を掴もうとする城ノ内を本田が慌てて押さえつけるが、全く相手にされない。
海馬が遊戯を呼びつけたのは今まで一度だけ。
そう、じーちゃんを誘拐して、青眼の白龍を……あの一度きりだ。だからタダ事ではない。
海馬は自分にも他人にも厳しいから、運転手も遊戯を乗せずに戻ったら酷く怒るだろう。
想像したら居た堪れず
「わ、わかりました……行きます」
遊戯は項垂れながら、返事をした。
「皆ごめんね、先帰って? 来週ゲーセン行こう」
上手く笑えていただろうか。
リムジンの広いシートに座るとエンジンが掛かり静かに走りだした。

海馬コーポレーションに到着して役員専用のエレベーター――実質社長と副社長専用に乗せられ、最上階へ行く所までは順調だった。社長室となっている部屋に入る所から一向に進まない。
「相棒、いつまでそうしてるんだ。会いたくないなら会わなくてもいいんじゃないか?」
「もう一人のボク……でも、呼んだってことは何か用事があるんだよ」
意を決して扉を叩くと「入れ」と返事が返ってくる。
深呼吸をしてから部屋を覗く海馬は書類に目を通していた。
「すぐに入ってきたらどうだ?」
(ばれてるよ……)
「ごめん……なんだか緊張しちゃって。それで海馬くん、用事ってなに?」
直ぐに帰ろうと決めていた遊戯はすぐに本題に入った。
「明日までにデッキを作って来い。午後1時に向かえに行く」
「へ? どういうこと?」
「これだ」
サッと目を通していくと、海馬がまとめたように言う。
「デュエルモンスターズをより幅広い層に広げる為に、カードゲーム自体プレイしたことのない初心者向けのスターターデッキを売り出す企画だ。遊戯、貴様の助力を得たいというわけだ」
「それならもう一人のボクと変わった方が――」
「待て。オレが依頼しているのは貴様だ。もう一人の遊戯ではない」
「でも! もう一人のボクみたいに強くないし」
決闘王国やバトルシティを合わせても、実際遊戯がデュエルをしたのは城ノ内との時だけ……城ノ内は洗脳されていたし、互いに望んだデュエルではなかった。
自ら負ける道を選んだデュエル――強い弱い以前の問題だ。
「何を勘違いしているかしらんが、オレは貴様に一定の評価がある。それだけだ。デッキを作らせるのはオレ直々に実力を測る為だ。後に初心者用のスターターデッキを構成してもらう。もちろん、報酬は払うぞ」
「報酬とかはいらないけど……皆がデュエルモンスターズに興味持ってくれるのは嬉しいから手伝うよ」