英雄の孵化する場所
寒い。
暗い。
怖い!!
何も 見えない。
「ならば、俺の所へ来ればいい」
それは不意に聞こえた声。
(誰だ?)
声にしたくても、その声が出ない。
目の前には紅いマントを纏った“自分”がいた。
「やっと……俺の声に耳を傾けるようになったな」
そっと伸ばされた手で優しく頬を撫でられる。
振り払いたい、とは思わなかった。
自分がもう失うものがないから?
「俺の、可愛い十代……」
声も表情も変わらないまま呼ばれた名前。
だが、その言葉はまるで魔法のように流れ込む。
「お前をこの忌まわしい世界から救ってやる。闇の力で、この力で」
(そんなことはしてはいけない!)
理性はそう叫ぶ、心は違った。
「この覇王が、お前の望む世界を築こう」
少しだけ悲しい昔の話
「十代……貴方、変わったわね」
「アニキ、最近考え事してることが多いっす……」
「十代、お前昔より変わったな」
何が変わった?
どう変わった?
DAに帰ってきてから、授業へも出ずにオシリス・レッドの寮でベッドに横になる日々が続く。
瞳を閉じれば音も光も届かない所にアイツはいる。
「まだ何も行動に起こさないつもりか?」
「何でも行動にするお前とは違うんだよ……」
少し拗ねたように、覇王に言う。
「昔のお前は、仲間の為に必死に行動してたな……。いや、“今も”か」
昔は仲間を守ろうと必死だった。
今も仲間を守ろうと何かをしなくてはいけないと思っている。
でも俺は変わった。
「でも皆は俺が変わったって言う、何も変わってないのに……」
それはただの俺の思い込みなのだろうか?
後ろから闇が俺を抱きしめる。
それは段々と形を成して、覇王へと変化した。
「変わった変わってないなど、そんなことはどうでもいい。俺はお前の傍に居る……周りが変わったと言おうがお前はお前という事に変わりない」
怖かった闇が、今ではこんなに居心地が良く感じる。
「少し休め、十代」
覇王の珍しく優しい声に、意識は遠のいた。
何もかも飲み込んで
「覇王ってホントに黒い服が似合うよな」
派手で大きなベッドに寝転びながら十代は覇王の着替えを見ていた。
スラっとした足に、外見からは想像出来ない丈夫な身体。
(あんな重たそうな鎧つけてるんだから、そうだよな)
「それに服脱ぐと結構な身体してるしー」
「そうか?」
覇王にしてみれば、“そんなことはどうでもいい”ことらしい。
十代は身体のことはコンプレックスだったから、羨ましい限りである。
「黒は闇の色、誰もが心に持つ闇の色」
「十代、お前と俺の――心の色だ」
純白の収斂極彩色
「十代、入るぞ」
「……覇王?!まってまって」
声を聞いた時は遅く、扉は完全に開いていた。
ズボンは穿いているものの、上半身は裸の状態で2人は見つめ合っている。
白い肌。
華奢で小柄な身体。
覇王にしてみればそれだけで誘われてるように感じる。
「もう、着替えてるのに……」
「別に気にする事ないだろう?身体を重ねた仲なのだから」
サラリと言われた台詞に、十代は顔を真っ赤にした。
数秒経ってから覇王に着替えの服を投げつけた。
壊さなければ手に入らないものもある
「支配者は誰だ?」
十代は椅子に腰掛け。
覇王はその目の前で問いかける。
「はおー……それ今ので今日通算6回目なんだけど……」
呆れたように十代は問いかけには答えず、窓の外にある荒れ果てた大地を見たままだった。
「…………」
「この世の支配者は覇王で、覇王の支配者は俺」
1回目のこの問いは余りに唐突で十代は答えられず、答えを相手に導いてもらった。
2回目はにこやかに答えられたが、3回目以降は棒読みもあれば気持ちを込めて囁く。
その言葉が一時的にでも満足したのか、覇王は頭を優しく撫でる。
その撫でた手は頬へと落ちた。
「こっち向け」
(恥ずかしいのに……)
「なんだよ」
十代が覇王を見つめると、そっと唇を重ねられる。
実は、全ての支配者はこの お方
隠せない痛みなら僕に縋ればいい
時計は確実に時を刻んでいる。
秒針の音だけが部屋に響く。
(眠れない……)
ベットの中で体を丸めたり、うつ伏せになったり、大の字にしてみたり。
溜め息は出ないが、寝付けないのはここ最近始まったことではない。
瞳を閉じると 何も見えない 何も感じられない 闇が迫ってくる。
上半身を起こして、十代は釣られるようにして部屋を出た。
素足のままで歩きつく先は、いつもの場所。
「今日は何て曲だ?」
広がっていた音は止まる。
淡い星の明かりに照らされた“もう1人の自分”が十代をチラリと見た。
「さぁな……。お前の記憶にあるだけの曲だ、曲名までは知らない」
「ふーん……俺には音感ないのに覇王は良く弾けるな、本当に関心するぜ」
十代は人差し指で軽く鍵盤を押す。
ポーン
「俺が弾けるという事は、十代も弾けるのだろう」
そんなこと言われても実感は湧かない。
今まで楽器など言われない限り触る機会など無かった筈だ。
「覇王、一緒に寝ようぜ」
「……今日も、か」
図星を付かれてドキリとするが、平然を装って言う。
「嫌ならいい」
「全く敵わないな」
どういう表情で覇王が言ったのかはわからない。
この声に癒される。
夜はまだ深まる――
あとは唇を塞ぐだけ
「…………」
「…………」
長い沈黙の後、先に口を開いたのは十代だった。
「覇王……何してるんだ?」
問いかけられた主は視線を逸らさないまま、答える。
「見ればわかるだろう?下僕共に、演出の準備をさせてるだけだ」
果てた大地。
草一つ生えてはいない。
大きな石が転がり、枯れた大木が佇む。
「どこが演出する必要があるんだよ……」
「あの大木に傷をつけたり、枝を落としてもっと俺のイメージをつけるんだ」
(そんな必要は明らかにないだろ)
ピアノが弾けたり、変な部下に慕われたり。
心の闇以外に覇王と自分が共通するものが全くない。
「覇王、もうやめさせろよ。下僕紛いなことなら俺がする」
十代の言葉に自然と頬が釣り上がるのを抑えられない。
「それは嬉しい言葉だな、もういい」
下僕呼ばわりされていた魔物は、その一言で作業を止めて城へと戻っていく。
そして覇王は飽きた表情で眠そうに空欠伸をした。
「手始めに一緒にベットで寝てもらおうか、下僕は何でもしてくれるんだろう?」