思い出は日記の中に

空は快晴、暑くもなく寒く、最も過ごしやすい気温!
普段なら外にいるシュウトは家の中に居た。
目の前には山のように積もりに積もった物……ほとんどは発明品の道具や失敗作だが、一部学用品も混じっていた。
母親がこれを見なければ、こんなことにはならなかったのだ。
結論から言うと『整理しろ』――気が遠くなりそうだ。

「まずは、小さいものからやろうっと」
山の中から比較的小さいものを抜き出していく、が、シュウトはやる気は最初からゼロだった。
「これは……いる。でも、いらないか」
だからペースは上がらないし捗らない、無駄な動きも多い。

ガサリと引っ張って出てきたのはいつ書いたか分からないような絵日記。
表紙にはシュウト、と歪な文字がある。
ぺらぺら捲ると何ページか書いてあって、その後から白紙になる。
多分書き始めたものの、途中から書くのがめんどくさくなったのだろう――そう察した瞬間、再び日記が書いてあるページが出るものだから驚いた!
最初の何ページからは随分離れているし、なぜこの位置に書いたのかさっぱりわからない。
しかもその日記はずらりと、一ページじゃ収まりきらない出来事らしく、三ページに渡り書かれていた。

「ねぇ……ねぇってば!」
声が聞こえたので意識は一気に浮上する。
薄目を開けてみると辺りは芝生のようで、手に草独特の感触が伝わる。
「ねぇ、大丈夫?」
「私は……」
身体を起こすと、視界に幼い少年の顔が入る。
「大丈夫? 何処から来たの?」
「ここは?!」
声を出して見回すと自分がいた世界とは程遠い景色が広がっていて、それ以上言葉がでてこない。
「僕はシュウト! 君は?」
「ああ……私は翼の騎士ゼロだ」
「ゼロ? カッコいい名前だね! でも珍しいモビルシチズンだね」
「もびるしちずん……? 何だ、それは」
「え? ゼロのことだけど? ネオトピアにいるロボットのこと!」
「ネオトピア? ここはネオトピアというところなのか?」
「うん、未来都市ネオトピア。人間とロボットが共存する為に作られた町なんだって」
『だって』とつけるあたり、まだ子供だとゼロは心の中で笑った。

「もう、びっくりしちゃったよ! ゼロ、何処から来たの? ここで倒れてたけど何かあったの?」
ゼロは今まであった出来事を頭の中を整理し始める。
偶然城の廊下を歩いていた時に急に光につつまれて――気がついた時にはここ、ネオトピアにいた。
その廊下は魔道師たちが実験している部屋の前だった。
まとめると何らかの実験に巻き込まれたのだろう。
「ラクロアという所だ。気がついたらここにいた」
「らくろあ? そこって遠いの?」
シュウトは頭を捻り、ゼロに聞き返す。
(ラクロアを知らない)
それはゼロにとっては大きな決定打だった。
過去だか未来だか何処かわからない世界に飛ばされたのだ。
一番有力なのが別の次元にある世界というだ。
「きっと、ここからは遠いだろう……」
「そっか。じゃあ、これからどうするの?」
「…………」
会話が止まる。行く当てが無い。
「なら、うちに来て! いいでしょ?」
物をねだる様にシュウトはゼロを見上げながら言う。
「わかった。行かせてもらおう」
「わーい!」

「ママ!」
「あら、お友達?」
「うん! ゼロっていうんだ! 気がついたらここにいたって言ってた」
シュウトがママと呼んだ女性は庭のテーブルでお茶を飲んでいた。
そこですかさずゼロはラクロアンローズを差し出す。
「シュウトのお母様……貴方の美しさはこの薔薇のようです」
「あら! ありがとう、ゼロさん! ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
にこりと微笑まれるとゼロはお礼を言いながら頭を下げた。

「ねぇねぇ、ゼロ、さっきの何?」
シュウトと家の中に入った途端にシュウトがゼロに問う。
「さっきの?」
「あの花、出していたの!」
「あぁ、あれは騎士が美しい女性にする行為だ!」
自信たっぷりに言うゼロにシュウトは感心したように「へぇ」と一言だけ返す。
「さぁ、可愛いシュウト姫もどうぞ」
ポンっとラクロアンローズをシュウトに差し出した。
「あ、うん、ありがとう……じゃなくて、僕、可愛いくないもん!」
「私から見れば、可愛い姫君なのだがな」
ゼロの口から可愛いという単語が再び出たので、シュウトは頬を膨らませ、それをゼロは笑いながら見ていた。

時刻は夜。
窓からは、ラクロアと何一つ変わらない煌びやかに星が浮かぶ。
ベッドには遊び疲れたシュウトが眠っていた。
夕飯の時間になっても一階へ下りてこないシュウトを心配したママが見に来たが、眠ってしまっているシュウトを見て嬉しそうな表情をして戻っていったのが二時間ほど前のことだ。

ゼロにとってはこの世界に飛ばされたのは、ある意味良い刺激だった。
ラクロアにいる姫と王に忠誠を誓ったがたまにはこういうのも良いとも思った。
ベッドの横に移動して姑の頬へキスを落とす、きれいに布団をかけ直すとなんだかホッとした。
それも束の間、自分の体ボディが不意に光だして、もう時間がないことを察した。
魔道師が気がついたのだろう。
対処法が解れば急いで自分を元の世界へ戻す為、再び時空を超えさせるだろう。
本来は一切干渉することのない世界、こうなることは解っていた。それでも、何処かで国に帰りたくないと想う。

「騎士失格だな……」
「ん~~ゼロ?」
体中から発せられている光は薄暗い部屋をいっぱいにした。
「シュウ」
「?! ――ぜ、ゼロ?!」
「シュウト、私はラクロアに帰らなければならない」
「うう、そっか……」
自分に家があるのだから、ゼロも家がある。家には家族が居るから、帰らなきゃいけない。
そう解釈したシュウトは少し寂しそうにゼロを見つめる。
「また……また、ゼロに会える?」
ゼロはあやす様にシュウトの頭を撫で、昼間と同じようにラクロアンローズを手渡す。
「会える……シュウト姫……」
声は薄くなり、光は一瞬にして消えた。

「そういえば……」
シュウトは整理をほったらかしにしたまま、その日記を見つめていた。
「そんなようなこともあったような?」
眉を寄せて考えみるが、記憶が曖昧だ。

「シュウト! シュウト、居いないのか!?」
「あ、ゼロ!」
視線を日記からふよふよと宙に漂う翼の騎士へと向けた。
「な、何だこの山は……美しくないぞ?」
「ママに整理しろって言われちゃって」
「その割に進んでいないようだが?」
図星を突かれ、シュウトは冷や汗をかく。
「それは……」
「どうせ他のことをしていたのだろう? 早くしないと、怒られてしまうのではないのか?」
「そうだった!」
日記を開きっぱなしで机の上に置き、シュウトはあわてて片づけを再開した。

やれやれと思いつつ、ゼロは机の日記に視線を向ける。
“ゼロ” “ラクロア” “騎士”
今では普通に知っている単語が平仮名と片仮名で並べられている。
どれだけ焦がれていたか、この子は知らないだろう。
ラクロアに帰って彼の記憶を消した。いや、正確にはうる憶えの状態にしたと聞いた時は悲しかったのを憶えている。
恋だと気がつくのにさほど時間は掛からなかった。
「二人には悪いが、私が一歩リードだな」
そして視線を日記からシュウトへと戻した。