02 穏やかな嵐、息つく暇もなく

蛇口を捻れば冷水が泡を流していく。
水圧で食器同士がぶつかり合い、高い音がした。
「それより、どういうつもりなんだ?」
椅子に大きい態度で座ったままのランスロットに呟いた後、片付けに戻る。
エイブラムを横目で見たがぼんやりと外を見ているだけだった。

「クリス、昨日のミサから仕事がないって聞いてね。用事、頼もうと思ってさ!」
「それで? お使いか? それとも収集品集めか?」
少し俯き加減にこちらをチラチラ見てくるランスロットが気持ち悪かった。
初めて異性を好きになり意識してしまったような反応に、思わず皿を落としそうになるが、きっと洗剤のせいだ。
「グラストヘイムの古城に、退治しに行って欲しいなー、なんて……」
「はぁ?!」

グラストヘイムは経験値・レアドロップが美味しい反面、上級冒険者でさえ手こずる場所だ。
敵の量や、その時の対応次第で、重症を負うことも少なくない。
いくら転生していているハイプリースト1人に魔物に突撃させるなど、無理な話だ。

「本当は俺とクリスで行こうと思ってたんだ! 国のお偉いさんに呼ばれなければ……」
ランスロットが「国」「お偉いさん」いう単語を出す時は、必ず王家が関わっている重要依頼だ。
冒険者が自分が転職した職業ギルドに所属を義務付けられている以上、断ることはできない。

「今はエイブラムもいるから、大丈夫かと思ってな。エイブラムはどう思う?」
わざと、カシャン!!と、大きい音を立てて食器を伏せた。
「……勝手にすればいいだろう」
(奴の声を消し去ってやろうと思ったのに……。いや、でもパシリに使える?!)
エイブラムを外を見るのを止めて、天上を仰ぐ。
「助けてもらった貸しがある。手伝ってやる」
「おおー!! 本当に助かるよ!!」
ガッツポーズを決めながらニカッと笑うランスロットを見て、クリステルは何も言わなかった。

ランスロットが帰ると、鞄に必要な物を積めてゆく。
「アンタ、パシリ扱いとはいえ……いいのか? 危険な狩場なのは、わかってるだろう」
「かまわない。そんなことで怖気づくようじゃ、アサシンクロスにはなれない」
エイブラムの言うことも正しいが、これはお願いで、強制ではないのだ。
そんなことを考えながら、ブルージェムストーンを積める。
「さっきまで、あんなに口が悪かったのに。猫かぶり聖職者め……」
はっきりとは聞こえない言葉だったが、手のひらでブルージェムストーンが砕けてしまいそうなほどに握り締める。
(こっの、クソクロスめ!!)
友人な急な頼みを聞いてくれたことは事実で、クリステルは奥歯をギリっとかみ締めた。

 

太陽が空の頂点に差し掛かりそうな頃、2人はグラストヘイム古城の出入り口にいた。
ここは年中視界も悪いが空気も悪い。
日の光は届くことがない為気温はあまり上がらず、どういうわけかずっと霧に包まれている。
魔物のせいだろうが、崩れた廃墟と漂う埃が不気味だ。

「本当にいいのか?」
「何が」
「討伐に付き合って良いのかって聞いてるんだ」
「構わない。そっちこそ俺をギルドのパシリに使うんじゃなかったのか」
「チッ!!」
今の舌打ちは聞こえるようにワザとやった。
クリステルは聖職者の慈悲はあほだと思っている。
聖職者である前にただの人間で、情けもかければそれなりの恩情だってある。
聖職者と暗殺者だからか、或いはこいつがわざと人を煽っているだけなのか……。

「神よ、我らに力をお貸しください……ブレッシング、速度増加! マグニフィカート」
ここで大きく息を吸い一呼吸して続ける。
「我らを守護する光となれ! アスムプティオ!」
古城の中に入っていくと光は遮られ夜目が利くまで時間が掛かった。
壁沿いに歩くと、段々金属音が無数にする。
どこからともなく馬の高い鳴き声が聞こえると、エイブラムは足を止めた。
「それより討伐する敵はなんだ?」
「オーガトゥース。白雲母を持ち帰ってこいって」
「はぁ……」

ここ数年でプロンテラ騎士団への志願者は一気に減った。
現在は団員兼冒険者に仕事を委託して体制を維持している。
野生動物の凶暴化・魔物出現数は増える一方で、安い報酬で高難度の仕事を引き受ける冒険者は殆どいない。
やむを得ないがこうして高レベルの冒険者が駆り出されているのだ。

「場所は一番右下の小部屋に閉じ込めてあるらしい」
「最短ルートで、敵も出来る限り無視する」

小走りでレイドリックを倒してくると、あっという間に部屋の前まで辿り着く。
要らぬ敵を引かなかったせいか、まだ体力に余裕があった。

「アンタ、やっぱり詠唱特化型なんだな」
「いつ……」
「入る時にかけた支援魔法の詠唱が早かった」
「……助かったよ」

クリステルはDEXが高く、VITが低い。
戦いが長引いたり、自分自身が壁になって耐えるのは負担がかかる。
気遣いがないと思っていたのは自分だけで、相手(口は悪いけど)は自分にあったプレイスタイルを選んでくれていたのに――情けない。

「早くしろ」
「はぁー……(やっぱりこいつ、嫌いかも)」