「おかえり」のない真っ暗な我が家

暗い廊下を歩いて普段ならまだ明かりの灯っている部屋へ入るが、人のいない静寂した空気。
雲雀は1つ溜め息を吐いて心で嘆いた。
(嗚呼)
デスクに報告書を放り投げてスーツのネクタイを緩める。
いつもならどんなに帰りが遅くても待っていて優しく微笑んでおかえりと言ってくれた。
たった一言がないだけでこんなにイライラするものなのか。

事は数時間前、あの子の家庭教師を務めていた赤ん坊からの電話。
“ボスの堪忍袋が切れてデスクワークを投げ出して外出した”と。
原因はすぐに理解したので「そう」と返事をすると早々と切る。
昼間、目障りな六道骸と鉢合わせして山本武が仲裁に入ったが規模は小さいものの、一般人にまで被害が及んだ。
あの子なりに六道骸のことは信頼しているようだが守護者同士の仲はどうしようもない。

本部の屋敷から出て車を走らせれば市街地の一角でスピードを緩める。
窓を開けて歩道を歩くスーツ姿の男に声を掛けようとすると
「何か用事ですかヒバリさん」
と物凄く不機嫌そうな言葉が飛んできた。
「綱吉……」
車の助手席に乗り込んでくる綱吉を止めることはなく、そのまま本部に向かって車は再び走る。
開いたままの窓から冷たい夜風が吹き込んで綱吉の心をほんの少し静めた。

「昼間に怪我した女性、すぐに良くなるそうです。ど派手に壊したビルも何とかなりそうですよ」
「……」
相変わらず雲雀は何も答えないので、大きな溜め息を吐いて窓を閉める。
今まで雲雀の運転する車に何度も乗ってきたが返事が返ってこなかったのは敵対マフィアに追われてカーチェイスの時ぐらいだ。
綱吉の視線は相変わらず窓の外の景色に向けられたまま。
「ヒバリさん。オレ、前に本部で骸とイザコザ起こした時にも2人に聞きましたよね……理由、教えてくれませんか?」
そう言った後、悔しそうに綱吉は唇を噛んでやっと景色から視線を外した。

今まで幾度となく争ってきたが理由を綱吉に告げたことは一度もない。
それは単に運がよかっただけかもしれない。
「あいつが気に食わなかっただけだよ」
「……」
気に食わないことがあったから、武力衝突へ発展するのは今までの経験から知っている。
周りが理由をつけてくれていたが今回は限界だった。
「綱吉のことを言ったからだよ」
「……はぁ」
骸のことだから雲雀をおちょくる一環で自分の話題を使っていたのだろうと察した。
それなら幾度となく突っかかる理由もわからなくもない。
「でも、もう止めてくださいね?」
無言は肯定で、この後も自分が手を出せないと承知の上であの男はまたちょっかい出してくるのだろう。
それを思ったら今にも殴りこみに行って二度と綱吉の前に現れることが出来ないほど叩きのめしたかった。
「そういえばその女性にお見舞いへ行っておススメのケーキを渡したら感謝されたんです」
きっと優しい綱吉のことだから迷惑を掛けた場所1つ1つに謝罪に行っていたのだろう。

信号で止まり、不意に綱吉の顔を見る。
「嬉しかったなぁ……」
月明かりに照らされた横顔があまりに美しくて目を奪われた。
(今日は六道骸の借りにしといてやろう)