無駄な悩み事

(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよ)
額と机を向かい合わせにすれば、ひんやり伝わる温度と木製の硬さ。
嗚呼、やっぱり今朝寝坊してしまえばよかった!

キーンコーンカーンコーン

授業の終わりを告げるチャイムが現実へと引き戻す。
挨拶もあっという間に終われば、獄寺が尻尾を振る犬のように笑いかけてくる。
「10代目、さぁ帰りましょう!」
「うん、山本は今日も部活?」
既に教室のドアから出ようとしてる山本に視線を移すと
「ああ、また明日なのなー!」
元気の良い声だが、忙しそうに廊下を駆けていく音が聞こえた。
「じゃあ、帰ろうか!」

【2年A組沢田綱吉、至急応接室に……繰り返す、2年A組沢田綱吉――】

「…………」
「…………」

気まずいのはお互いのようで放送が終わっても言葉を発さない。
「あー……ハハ……ちょっと、応接室行ってくるよ」
あの人を待たせるのも不味いし、この沈黙も痛かった。
その上に応接室に行くことさえも乗り気じゃなかった。
全ての気持ちが乾いた笑いに出たのかもしれない。

「10代目、朝から様子がおかしいです……何かあったんですか?」
「いや、何も!!」
全力否定したのが不審を募らせるのをすっかり忘れていた。
「ヒバリですか……?」
「いやそれは――」
獄寺はボンゴレ10代目沢田綱吉が絶対だ、右腕を名乗るからには全てを見ている。
監視とも取れるが純粋な気持ち故。
「10代目は――「“2年A組沢田綱吉、至急応接室”……聞こえなかった?」
1人は怒りを剥き出しにしたままの眼つきで睨み付け、また1人はバツが悪そうに今にも泣き出してしまいそうな瞳で見つめる。
「ヒバリ……」
「ごめん!獄寺くん!」
足音が遠のいてから、煙草に火をつける。
(獄寺くん、学校じゃ煙草吸っちゃ駄目だからね?)
咥えたまま空気を吸ったか吸い込まないかの所で、咄嗟に口から煙草を遠ざける。
その煙はゆらゆら窓から外へ逃げてゆくだけ。

一方、目に見えない圧力でほぼ無理矢理応接室に連れてこられた綱吉。
いつも通り、ソファーに座って雲雀は手馴れた手付きで紅茶をティーカップに注ぐ。
「君はどうしてすぐに僕を避けるのかな……」
ぽつりと心の言葉が零れ落ちたのだろうか、その発言が胸を強く抉った気がした。

「はい」
「ありがとうございます」
飲み物を一口でも喉に通せば気持ちも落ち着くだろうと、急いだのがいけなかった。
効果音に例えるならば、風呂上りに牛乳を気持ちよく飲むような音。
「つう!!――」
舌の火傷に反応して思わず涙目、蹲るように口を押さえても無駄だった。
雲雀はそっと、手からカップをソーサーに戻させると、口を押さえている手を退けて口付ける。
入り込んでくる雲雀の舌は綱吉のものとは比べ物がないほど冷ややかで、教室の机を思い出す。
「むぅ……ん……」
ヒリヒリ痛む舌全体に絡ませてくる深いキスに抵抗することはない。
きっとこれは自分が望んだことなのだろう。

舌を話せば
「綱吉が知りたいこと、教えてあげようか?」
という雲雀の声は、ぼんやり聞こえた。
「あのラブレターはちゃんと返したし付き合う気もないって言ったよ。綱吉は何も考えずただ僕の隣に居て」
咄嗟に握った相手の制服、抱きしめる貴方の体温、麻酔のように感覚を狂わせる言葉。
「オレでいいのかなって……毎回考えちゃって……ヒバリさん、カッコいいし……」
「僕がこんなに愛してる君も”カッコいい”のかな?――いや、魅力的なんだろうね」
頬に優しいソフトキスをされると少し馬鹿にされたようで癪だった。

今朝からの蟠りわだかまりは消え去っていたことに気づくのは、もう少し後の事。